82話

 怒声が響き渡る。
 怒りに顔を真っ赤にさせた男が、幾人もの兵を連れづかづかと謁見室に入ってくると、ジークヴァルトの前へ一直線に足取り荒く近づく。

「どけっ」
「きゃっ」
「フェリシー嬢!」

 ジークヴァルトの前に立っていたフェリシーが男により払い除けられよろけた所をハールス伯爵が受け止める。

「あ…」

 衝撃に手から落ちたプレゼントのケーキの箱が床に転がり、その箱をその後に続く兵達の足によって押しつぶされる。
 ぺしゃんこにつぶれたケーキの箱を愕然と見た。

(折角頑張って作ったケーキが…)

 ショックに青ざめるフェリシーを他所にずらりと兵が目の前に並ぶ。

「これはこれはドルフリーではないか、こんなに仰々しく兵を連れて何用か?」
「貴様、解っているだろう!何をしたのか!!」

 国王の弟の息子であるドルフリーが顔を真っ赤にして怒鳴る。
 何んだ何だと会場中がざわめく。
 ドルフリーの真っ赤な顔を見て、ざわめきに嘲笑が混じる。
 その嘲笑にさらにドルフリーは怒りを露わにする。

「何をしたのか言ってもらわないと解らん」
「ふざけるな!ミクトラン戦で貴様が何をしたか!身に覚えないとは言わせんぞ!!」
「ミクトラン戦で?‥‥あ」

 何かを思い出したようにジークヴァルトが顔を上げる。
 今まで忘れていたのかとその様に、ドルフリーは体を震わせ大声を張り上げた。

「お前が我が母の銅像を倒した謝罪!今ここでしてもらおう!!」

 その言葉に皆驚きジークヴァルトを見る。

「だから言ったでしょう?後々面倒になると」
「だが、あれは仕方ないというか、一番いい方法だったと思うぞ」

 やれやれとサディアスが言う言葉に、悪びれもせずジークヴァルトが返す。

「あの、これは一体…?」

 侯爵の一人がおずおずと尋ねる。

「ああ、先の戦で、後からわらわら来る敵を封じ込めるのに近くにあった聖女の像を倒して封鎖した」
「はぁ?」

 皆の口がポカンと開く。
 ミクトラン戦があった地は、元聖女の出生地だった。
 そこに建てられた大きな聖女像。
 それを敵が我が国へ攻め込む入り口を大事な国の象徴の一つである聖女像を倒して封鎖したのだ。
 そしてその像は元聖女、ドルフリーの母の像だった。

「虚けにも程がある…」
「なんと、聖女像を倒すなど以ての外」
「母君の像を倒されるなんて、ドルフリー様が怒りを示すのも当然」

 皆が呆れたように口にする。

「本来、そちらから謝罪をしに来るのが道理!それもせず、忘れていたとは何たる無礼千万!」
「ああ、すまない、像とは言え、お前の母親の像を倒してすまなかったな」
「そんな謝罪だけで済まされると思うか!」
「じゃぁ、どうすればいいと言うのだ?」

 やれやれと言う様にジークヴァルトが口にする。
 そんなジークヴァルトにふんとふんぞり返る。

「そうだな、私を戦場で恥を掻かせたように、お前も皆の前で裸になれ!」

 その言葉に会場がまたざわめく。

「なるほど、国王代理の俺が皆が見る前でお前と同じように裸になれば気が済むという訳か」
「それほどの屈辱を二度も私に味合わせたのだ!それぐらいは当然だろう!!」

 ジークヴァルトとドルフリーの因縁は、ある戦をきっかけに始まった。
 ドルフリーは父と同じく魔力量が多く有望視され、ジークヴァルトといつも比較されていた。
 だが、最初はお互いそんな事は気にもしていなかった。
 戦国の世の時代だったため、ジークヴァルトと協力して戦場に向かう事もしばしばあった。
 互いに良き戦友だと思い、我が母国のためと一緒に戦場を共に戦った仲だった。
 だが、ある戦の時、事件は起こった。

 その時も協力して最後を締めくくるため戦場を駆け抜けた。
 そして最後のとどめにジークヴァルトが放った大炎。
 運悪く前に居たドルフリーも被害に遭い、皆が見る前で衣服が全て焼かれ全裸となってしまった。
 最後の最後で皆が注目する中、真っ裸になってしまったのだ。
 その後一時休戦状態に入り、ドルフリーは「裸の王子」として嘲笑される羽目になった。
 実力も魔力も十分にあるのに、たった一度、ジークヴァルトにより戦場で真っ裸にされたことで嘲笑の的になってしまったのだ。
 その上、自分の大事な母の銅像までも倒されたのだ。
 言葉だけの謝罪程度でこの怒りは納まるはずがない、いや、納める気もない。

「ふむ、確かに元とはいえ国の宝である元聖女にあらせる母君の像を倒し、軽い謝罪ではすまされないだろう」

 ジークヴァルトが少し思案するように口元に手を当てる。

「だがなぁ~」
「なんだ?」
「お前と違って俺は裸になるのに何の躊躇もない、よって別に裸になるのは構わんが、だがなぁ~…」
「だから、何だ?」
「そのなんだ、この場は男ばかりだ、そんな中、俺が裸になったとてむさくるしいだけであろう?おお、そうだ!」

 何か思いついたようにニヤッと口元を引く。

「今ここに我が嫁候補だという女たちがいる、彼女たちを代わりに脱がせよう」
「!」
「なっ…」
「だって、ここに居る連中は俺の真っ裸なんて見慣れておるしな、それじゃ謝罪にならんだろう?」

 そう言うとじろりと目をやると、侯爵達や嫁候補達がビクッと身体を震わす。

「な、何を仰います!」
「お戯れにも程があります!」
「格式ある公の場で、それはあまりにもにございます!度し難い!」
「なんだ?俺の嫁になるのだろう?俺の代わりに脱ぐことぐらい容易い事だろう?さぁ、脱げ」

 嫁候補達を一人一人見る。
 皆が顔を青ざめ俯く。

「クイグリーの娘、そなたは妃教育まで受けたのであろう?」

 ふるふると震え横に首を振る。

「だからこそでしょう!こんな凌辱、いくら妃教育を受けたとてあんまりです!」
「ならばハールス伯爵が推す、フェリシー嬢はどうだ?」
「殿下!フェリシー嬢は国の宝である聖女候補生です!このような―――」
「俺はフェリシー嬢に聞いている」

 フェリシーも真っ青になり俯き自分のドレスを見る。
 いっぱい悩んでジークヴァルト殿下に見てもらうために考え抜いたドレス。
 目には生花のコサージュが映る。
 この生花を身に着け、殿下から一目で見染められるようにと頑張ったドレス。

(それを、自分の過ちのために脱げと…?!)

 ジークヴァルト殿下のために苦労して用意したのに。
 絶対、可愛いと思ってもらえると思ったのに。
 会場中の男達が、鼻の下を伸ばし厭らしい眼で自分を見る事に吐きそうになる。
 
(こんな者たちの前で脱ぐなんて…絶対嫌!!)

 フェリシーは嫌悪に自分の身体を抱きしめた。

「ふん、脱げぬか」
「当然にございます!どうしてこんな仕打ちを‥ひどい」

 その時だった。

「ジークヴァルト殿下!リディア嬢を連れてまいりました!」

 そこで謁見室の入口の方から大きな声が掛かる。

(リディア!?)

 フェリシーの表情が強張る。

「我が前に連れてまいれ」
「はっ」

 リディアは謁見室に入ると何事かとキョロキョロと見渡しながらジークヴァルトの前へと立つ。

「そうだ!リディア嬢は殿下が連れてきた聖女候補!ならば彼女にさせればいいのでは?」
「ああ、それがいい!」
「彼女こそ相応しい人物と言える!」

 侯爵達やハールス伯爵が口を揃え言う。
 何を言っているのかと左後方に立つ侯爵達を見、そしてその反対側に立つ怒りを露わにした仰々しい軍団を見る。
 その中でも一番怒りを露わにした男に目が留まる。

(あれは確か…元聖女の息子さんだったわよね?)

「だそうだ」
「?」

 ジークヴァルトの言葉に振り返る。

「というわけで、お前、脱げ」
「は?」
「今すぐ、ここで全裸になれ」
「!」

 突然のことに驚くリディアを真っすぐに見るジークヴァルトに目を細める。

(はぁ~ん、なるほどね)

「はぁ~~~~~」

 深い溜息をつくと、スカートの裾を持ち一気にバッとドレスを脱ぎ捨てた。

「?!」

 皆がギョッとし、息を飲み込む。

「全く、今度は何をしでかしたの?この馬鹿殿下は」

 愚痴を言いながら躊躇なく下着をポイポイっと脱ぎ捨てる。
 その様に驚きの余り皆が言葉を失くし凝視する。
 美しいリディアの生肌が背が尻が露わになっていく。
 会場中の男達が鼻の下を伸ばし生唾をごくりと飲み込む。

「これでいい?」

 最後のショーツをポイっと投げ捨てると、全裸になったリディアがジークヴァルトを改めて見上げた。

「で、この怒ってるお兄さんに謝ればいいの?」

 腰に手を当て親指でドルフリーを指さす。
 そして振り返ろうとしたリディアに会場中の男が前のめりになる。
 ドルフリーも驚き言葉を失くし目を大きく見開いたまま頬を染める。
 リディアが振り返り美しい裸体の全てが見えようとした刹那―――
 大きなマントが翻りリディアの体を包み込んだ。

「これ以上はお前たちには勿体ない」

 ジークヴァルトがリディアをマント事抱き込む。

「国の宝の聖女候補が裸になったのだ、十分だろう?」

 ドルフリーにそう言い、これ以上は許さないという様に睨む。
 そんなジークヴァルトを他所にドルフリーはその腕に抱かれるリディアを呆然と見つめる。

「…なぜ?…なぜ脱いだのです?」

 呆然としたままドルフリーが口にする。
 その言葉にリディアがドルフリーに振り向く。

「そんなの決まっているじゃない、この男が今この国に必要だからよ」

「!」

 リディアが真っすぐにドルフリーを見る。

「今また戦乱が起ころうとしている、魔物も増えている、こんなごちゃごちゃな世界を統べる事ができるのはこの男しかいないでしょう?」

 マントを握りしめ、ドルフリーに向かい立つ。

「この大事な時期に内乱とか、私が裸になって納まるなら幾らでも裸になるわ」
「!」
「どうせ、この男があなたに何かしでかしたのでしょう?そんなしょうもない事で内乱で戦に負け、この国が滅びゆく事を考えればこれぐらい些細な事、たかが私の裸で納まるなら大したことないわ」

 リディアの言葉に城内が静まり返る。

「もう、気が済んだろう?」

 ドルフリーを見るジークヴァルト。
 黙り俯くドルフリー。

「‥‥」
「ドルフリー様‥」

 沈黙がよぎる中、ドルフリーの剣が手から零れ落ちカランッと場内を響き渡らせた。

「私は恥ずかしい…」
「?」

 ボソッと呟いたドルフリーに耳を澄ます。

「あの時、私はこの国のためならば裸になるなんて些細な事と笑い飛ばせば良かったのだな」

 情けない笑みを浮かべリディアを見る。

「そうすれば、『裸王子』など嘲笑の的にもならず、堂々としていられたのであろう」
「‥‥」
「私は間違えていたのだな…、自分のプライドばかりに目を向けて、本来の目的や現実が目に見えていなかった」

 ドルフリーが胸に手を当て頭を下げる。

「聖女候補リディア嬢、感謝する、私が愚かだった、それに気づかせてくれて」
「え、あー、顔を上げてください、その…そんな深刻にならなくても…大体この男が問題の発―――」
「これでこの件は終わりだ!」

 ジークヴァルトが声を張り上げる。

「リディア嬢をこのままにしておくわけにもいくまい、今回の授与も謁見も中止とする!解散!!」

 そう言うとリディアをマント事大事に抱き上げる。
 侯爵達も引き留めようとするも、言葉に出来ず黙り込む。

(待って… その腕の中に居るのは私なの…本来は私なのよ‥‥)

 静まり返った会場を背にジークヴァルトは颯爽とリディアを大事に胸に抱き後にした。

(そんな‥‥違うの… ジークヴァルト殿下‥‥待って‥‥)

 フェリシーが呆然と佇む。
 そんなフェリシーの胸元の生花が花弁を散らし床へと落ちる。
 ハッとして顔を上げると、サディアスが冷酷な眼差しで睨んでいた。

「っ‥‥」

 その眼差しに身体が硬直し震えあがる。
 遠くに離れた場所にいるが、この生花を散らしたのは間違いなくサディアスだ。
 これは余計な事をするなと言う警告だと理解し恐怖に青ざめる。
 そんなフェリシーに背を向けサディアスが何事も無かったように会場を後にした。

「流石聖女候補、あのドルフリー様をあっという間に改心させるとは!」
「リディア嬢と言ったか?彼女が次の聖女になるのか?」
「いやいや、レティシア様がいらっしゃるから無理だろう」
「今のを見るとリディア嬢こそ聖女に相応しく感じるが勿体ない」

 あちこちでリディアを称賛する声を聞く。

(違う、違う!リディアはそんな評価されるような子じゃない!)

 散った花弁を見下ろす。
 もう一息でジークヴァルト殿下は自分に手を差し出して下さったはず。

(また、邪魔を…邪魔をして…)

 あの時リディアが現れなければ、私がドルフリー様をお救いしジークヴァルト殿下は私を優しく抱きしめてくれたはず。

(あの腕の中に居るのは本来私なのに‥‥)

「元聖女である母の様に、素晴らしい方だった、リディア嬢…またお会いしたいものだ」

 ドルフリーが晴れやかな顔でそう言い残すと、会場を去る。
 その去って行く背を見る。

(違う!違うの!ドルフリー様を私だって救えたわ!いえ、私がお救いするはずだったの!リディアがそんなことできるはずない!)

 恐怖から今度は怒りに変わり身体が震える。

(‥‥ああ、そうか… また、…また魔物の魔力で誑かしたのだわ…)

 手のひらがドレスをギュッと掴む。

(どうすれば…)

「あー、残念だったね、もう一息だったがリディア嬢にすべて持っていかれた、花嫁路線は難しくなったな…」
「!」

(ジークヴァルト殿下の奥方になれない?…嘘)

「まぁ、まだ、聖女試験が残っている、次の試験はとても重要と聞く、そこを頑張ってくれたまえ、1位を取れば、まだ私も何とか援護してあげる事は出来ると思うしね」
「え?」
「ああでも、確か今度は魔力量を測る試験か、君がレティシア様より多ければいいのだが…、こればかりは頑張れと言ってもどうしようもないな」
「魔力量…」

 フェリシーの目がきらりと光る。

(魔力量なら知ってて負けるとかできないわ、という事は勝ったとしてもサディアス様も何も言えないはず…)

 リディアは魔法関係のテストも最下位だ。
 そんなリディアが魔力量が多い筈がない。

(これで一位を取れば‥‥)

 自分が聖女になる可能性が一番高くなる。

(でも‥‥)

 聖女になればサディアスが自分を殺すかもしれない。

「もし一位を取れれば全力でサポートしよう、そして聖女になり、今度こそ堂々とジークヴァルト殿下と一緒になれば、誰も文句は言わないだろう」
「!」

 そのハールス伯爵の言葉にパッと顔が明らむ。

(そうだわ!その手があった!)

 聖女になったと同時にジークヴァルト殿下と一緒になると宣言し、結婚すれば、本来通りの状態へと戻るのだ。
 ジークヴァルトの奥方になればサディアス様もそうそう手を出す事は出来ないはず。

「私、がんばります」
「おお、やる気になってくださいましたか!とはいえ、こればかりは運を天にゆだねるしかありませんが、あなたは神に愛されし聖女候補です、必ずや一位を取ることが出来るでしょう!期待しております」

―――― 神に愛されし子

(そうだわ、私は神に愛されている…これはきっと試練なんだわ!)

 ジークヴァルト殿下と一緒になるための、試練。
 
(だったら、きっと次の試験、一位になれるはずだわ!)