77話

「やっぱりイザークのお茶が一番だわ」

 イザークの美味しいお茶をまた一口飲むと一息つく。

「本当にリディア様がご無事で何よりです‥、ここで待つ間、生きた心地がしませんでした」
「待つ方が精神的にきついものね、心配かけたわね」
「私の事はいいのです、リディア様がご無事であればそれで…」
「ありがとう」

 もう一口お茶を飲み、そのお茶を見てふと思い出す。

「やっぱり、ジークとかサディアス辺りになると毒耐性を訓練してつけているのかな?」
「はい、訓練はされていると思います‥‥、そう言ったっ事があったのですか?」
「ええ、サディアスが揶揄って私のコップから水を一口飲んだの、あれは毒見だったと後で気づいたのだけどね」
「!…それは、リディア様も狙われたという事ですか?」
「そうだったみたい、これは誰にも口外禁止」
「畏まりました」

 そこからヴィルフリートの所で起こったことを一通り話をする。
 もし、あの使用人の中に刺客が居たとしたら、今後も狙われる可能性がある。
 執事であるイザークには知らせておく方がいいだろう。

「…というわけで、全てまぁ無事に終わってよかったけど、今このお茶飲んでて思ったの、あのサディアスの毒見の一口、耐性つけていない毒だったらサディアスは死んでいたのよね?身内の問題を知られたくはなかったとはいえ、それを簡単に口にしたわけだから、本当にすごいなと思ってね…」
「‥‥」
「イザーク?」

 イザークが黙り何か思い出すように口元に指をあてる。

「そう言えば昔、ゴッドフリード様とその奥様が会話しているのを耳にしたことがあります」
「?」
「サディアス様を使ってヴェストハウゼンの者がヴィルフリート様を殺害しようとしたと」
「!」
「まだかなり幼い息子のサディアス様に毒菓子を持たせ、ヴィルフリート様に食べさせようとした所、急な所用で出かけた後で運悪くそこで母と会い、その毒菓子を母に食べさせてしまったと…、そしてそのままお亡くなりに…」
「っ‥‥」
「自分の愛しい娘を失くしたことにかなりヴェストハウゼン本家の者が怒っていたと話していて、ゴッドフリード様が何と理不尽な、可哀そうなことをと会話されていたのを思い出しました」
「本当ね…、年端もいかない幼子に自分の父親を殺させようとするなんて‥‥その上‥‥」

(こんなのトラウマどころかPTSDだわ…)

「ええ、他にも幼いサディアス様が懐いていた亡き母の代わりのように可愛がってくれていた優しい叔母に殺されかけたことがあったとも…」
「‥‥」

 言葉に出来ない。

(やっと、あの惨殺出来るサディアスの背景が見えた…)

「何だか自分が恥ずかしくなったわ…」
「どうしてです?」
「…自分に似ているとか、人を信じられないとか、サディアスと同じなわけないじゃない…」
「リディア様…」
「サディアスにとって誰かを信じる事は自殺行為と同じなのね」
「そうかもしれません…」

 自分の母親を何も知らぬまま殺してしまった上に、その悲しみを受け止めてくれた人に殺されそうになったなんて、誰も信じられなくなって当然だ。
 あのバイオテロまで起こそうとした家だ。報告にないだけで、これだけではないはず。
 人間不信になり、そりゃ疑り深くなるわけだ。

(という事は、サディアスにとって父であるヴィルフリートは特別、唯一信頼できる人…か…)

 だから珍しくあのサディアスは取り乱したのだ。
 でもそんな大切な父の最愛の妻である自分の母を自分の手で殺してしまった。

(信頼できるけど、罪悪感も持ち合わせて、だからサディアスにとって絶対守りたい人物…)

 そこをアナベルが狙い、そして自分の母の親達や一族が狙った。

(自分の家族親族から狙われ、大切な父には一生覆せない罪悪感を抱え…)

「何だかなぁ~やるせないわね~~」

(折角攻略したけれど、今回のは攻略キャラの問題解決成功!やったね!って感じではないな‥‥)

「爵位が高い程、こういう事はよくある事です」
「そうよね、うん、でもなんだかなぁ~」

(このシナリオはくるもんあるな~)

 イザークの作ってくれたクッキーを指で弄ぶ。

(いやいや待て待て、たかがゲーム内の話なのに何を真剣になっちゃってるんだ自分?)

 くりんくりんとクッキーを指で回す。

(これはシナリオで、よくある悲惨な過去的なあれでしょ?これは物語であってそれ以上でも以下でもないのに‥‥)

 今度はクッキーをぐりぐりと机に押し付ける。

(大体、ヴィルフリートが死ぬ設定はあったけど、その時にサディアスが死ぬ設定はなかったから、毒見しても死なないわけで…凄いとか心配とかいらないわよね)

 クッキーをぐりぐりしていると端がパキッと割れた。

(リアルでないのよ、ここは、作り物の世界なんだから‥‥て、あれ?)

「リアル…じゃない?いや、リアル…なの?」
「どうかなさいましたか?」
「え、いや、ううん、何でもないわ…」

(いや、リアルか…?だから男は面倒で大団円サクッと決めてぐぅたら生活しようと思っているんだから)

 クッキーを机に置く。

(いや、リアルでない?だって話はシナリオで… あれ?訳が分からなくなってきた‥‥)

「リディア様?」
「あー、もう疲れてると思考ぐちゃぐちゃね、一回寝るわ」
「はい、では疲れが取れぐっすり眠れるように香を焚きましょう」
「お願い」

(とりあえず、サディアスの問題は終わったんだ、それで良しとしよう)

 ベットに潜ると、いい香りが漂ってくる。

「落ち着く香ね…」
「少しは心が和らぐかと」
「ありがとう、ふわぁぁあ」
「リディア様」
「ん?」
「差し出がましいとは思いますが…その」
「?」
「次は私を置いて行かないで下さい」

 眠たい眼を開け見上げるとイザークの真剣な眼差しがそこにあった。

「離れていては守れません」

 真摯な眼差し。

(ヤバい…、この顔でこの瞳は‥‥)

 人形のように端正な顔立ちのイザークの真摯な瞳。
 薄暗い灯りで揺れるその紅に見惚れてしまう。

(ああ、このまま苦悩させ続けたい‥‥)

 下衆思考が発動するリディア脳。

「お願いです、お約束下さい」

 真剣に言募る。
 毒の件はイザークの心配モードを全開にさせてしまったらしい。

(ああ、ずっと愛でていたいけど見惚れてる場合ではないわね…、モードを解除させなきゃだわ)

 でないと後々、これが原因で面倒になるのはごめんだ。

「今回は連れていけばイザークがいらぬ罪で殺されかねなかったからよ?それがなければいつでも連れていくわ」
「それでもです!もし飲み物を口にする際、サディアス軍師がいらっしゃらなければリディア様は死んでいたかもしれない!私が傍に居ればいつでもあなたを守れます!」

(うーん、完全モード入っちゃってるなぁ~…私は死なないと言えたら楽なのに)

 真剣なイザークの前で内心ため息を付く。

「でもそれじゃ、イザークが死ぬかもしれないわ」
「構いません、リディア様を守れるのであれば」
「それじゃあ私が嫌なのよ」

(この死ぬ死ぬ病何とかならんかな~)

「ですがっ」

 すっとイザークの頬に手を伸ばす。

「っ」
「それに、死んでその先、私を誰が守るの?」
「それは…」
「私を守るために生きなさい」
「‥‥守るために?」
「そうよ、私の執事はイザークがいいの」
「!」

 イザークの瞳がキラリと揺れる。

(もう大丈夫そうね)

 その瞳に内心ホッと胸を撫で下ろす。

(しっかしリオが近くに居なくてよかったぁ…)

 リオがいたら、「僕一人で姉さまを守るからいらないよ」と言い出してまたややこしくなるところだ。
 イザークの前に手の甲を差し出す。

「今回の様にイザークの死が絡まなければ、連れていくと約束するわ」
「リディア様‥‥」

 差し出された小さな白い手をイザークの長い美しい指が大切なモノに触れるように触れると、ギュッと握りしめその甲に口付けた。

「さて、寝るわ」

 改めて布団に沈み込むとイザークが毛布を被せる。

「おやすみなさいませ、マイレディ」
「おやすみ」

 イザークが灯りを消し部屋を去るのを確認すると暗闇で目を開けた。

(あと残るはジークね…、それとイザークの理由と‥‥)

 報告書に目を通したジークヴァルトが書類を机に置く。

「ここまで酷いとはな…」
「はい、これは近々また戦が起こるやもしれませんね」
「しかし、ナハルの内部の状況を知る者を捕らえることが出来たのは大きいな」
「はい、まさかアナベルが敵国を支援していたとは、良い証拠になります」
「自殺しないように見張りは?」
「もちろん、それにアナベルの者に見つからないように警護はしっかりとさせております」
「あとは…ほぉ、捕らえたアナベル派の方はあの橋爆発事件の犯人か」
「はい、また彼女を狙うと思ったら違ったようです、ジーク派の力を削ぐ為に行動していたようです」
「なるほど…」

 後で手にした書類を置くと、残りの書類にジークヴァルトが印を押していく。

「それで」
「それでと言いますと?」
「誤魔化すな、あの女の報告がない」
「先ほども話したようにまた予知をしましたが、その他は別に…特段報告するようなことがなかっただけです」
「ヴィルフリートが止めたか?」
「どうして父がそこで出てくるのでしょう、私はジーク様の臣下にございます」
「サディ、俺以外でお前の口を止められるのはヴィルフリートのみだろう」
「ジーク様は私の事をよくご存じで」
「俺の目を誤魔化せると思うな、犯人が行動を移す前に取り押さえたとあるが本当か?薬を使って疫病を治したとあるが、治るにも|キ《・》|レ《・》|イ《・》過ぎる」
「皮膚の変色する前だったためかと…」
「報告書にない報告をしろ」

 作業している手が止まり、ギロっとサディアスを真っすぐに睨み見る。

「あの女、‥‥あの魔法を使ったのか?」
「‥‥ふっ、敵いませんね、全てお見通しですか」

 観念するようにサディアスが肩を上げる。
 そしてあったことを報告する。

「…魔法陣も描かずに己から光が放たれた…か…」
「またあの『ピカー』みたいな変な言葉を発していましたが、きっとあれは何でもいいのかもしれません」
「何でも?」
「はい、きっと力を放つきっかけの合図に過ぎず、発しなくとも発動できるのではないかと…」
「なるほど…、で」
「?」
「お前の感想は?」
「え?」

 また作業を始めるジークヴァルトの頭上を見下ろす。

「ふ…、本当に何もかもお見通しで困りますね」
「どれだけの戦場一緒に居たと思っている、お前の帰ってきた時の顔を見れば一目で解るわ」
「困りましたね、軍師が策を見破られるのは問題です」
「安心しろ、見破れるのは俺だけだ」
「なら、問題ありませんね」

 ジークヴァルトの母が反逆罪に問われてジーク派が追いやられ、国王が倒れ、国は戦乱真っただ中。
 外も中も敵だらけのあの時、ジーク派で残ったのはジークヴァルトとサディアス二人のみ。
 あそこからここまで二人で立て直してきたのだ。

「で?」

 また手を止め、サディアスを真っすぐ見る。

「…そうですね、あなたの賭けに乗ろうかと」
「ふっ、そうか」

 ニヤリとジークヴァルトの口の端が上がる。

「お前の心を変えさすとはな…、ヴィルフリートにも気に入られたか」
「父もまた彼女の魔法を見て『まさに聖女』と…、あの惨状を…疫病で倒れた屋敷内の人々を、あの美しい光で包み込み一瞬で治したのを目の当たりにすれば誰でも思わず思ってしまう」
「神話を信じてみたくなると?」
「ええ」

 美しく女神の様に光り輝くリディアを脳裏に思い返す。

「今までの聖女候補も治癒魔法を使えますが、精々軽い傷を治せる程度、魔物もただ退けるだけで退治するわけでも浄化するわけでもない、それで神話を信じろなんて無理な話、でも彼女は一瞬んで疫病を、しかもたくさんの人々を助け、そして魔物をも浄化できる…、あの魔方陣も描かない自ら発する不思議な魔法を使って‥‥、ここまで見せつけられればもしかしたら彼女ならと淡い希望を抱かずにはおれません」
「あの女なら今現状を留めるのではなく、救うことが出来る」
「正直今も馬鹿げた賭けだという思いもありますが…」
「お前はそれでいい、賭けに負けたら全部俺のせいにすればいい、お前の負けも俺が背負ってやる」
「それは一緒に堕落しろとしか聞こえませんが」

 ジークヴァルトがニカッと笑う。

「では、私はこれで」
「ああ、また何かあれば報告頼む」
「畏まりました」

 そのままサディアスが出て行くのを見計らった様に手を休めると背凭れに凭れ掛かる。

(あの男が『彼女』か… しかもヴィルフリートまで落としたか)

「やはり面白いな、あの女、閉じ込めて正解だったわ」

 ククッと喉で笑う。

(さて、あの女をどう使うか…だ)

 椅子をギーギ―音を鳴らしながら揺らす。

(できれば、戦争が起こる前に何とかしたいものだが…)

「いつ口火が付くか‥‥」

(こっちの証拠が見つからない可能性が高いなら、尚の事‥‥)

 前聖女の2周忌の際、アナベルとも交流があった前聖女の所に母の無実になるモノがないかとサディアスに探らせたが出てこなかった。
 この城に証拠が見つからず、あの警戒心の強いアナベルが隠せる場所と考えると前聖女の元が怪しいと踏んでいた。元聖女となると誰も手を出せないし、国王の弟の屋敷を自由にはそうそう誰も歩けない。よっていい隠し場所になる。
 だが見つからなかった。

(聖女が決まるまでは動かないとは思うが…)

「その前にねじれをなくしておかなければ…」

 聖女がレティシアになれば、二分する。
 その際に戦が始まれば、アナベルが動き出す可能性が高い。
 そうなると我が派だけでない、内乱が起きたと解れば一気に戦乱が巻き起こり下手すればアグダスの国が滅ぶ。

「それだけは何としてでも避けねばならん…」