「ほぉ、庶民用と聞いていたが快適そうだな」
「なんであんたがここに居るの?」
リディアが部屋でお茶を楽しんでいる所にジークヴァルトがひょこっと顔を出した。
ストーカーの様に現れる事には慣れてきたが、まさか庶民用のこの部屋まで訪れるのは想定外で眉をひくつかせる。
「お前の部屋がどんなのか見てみたくなってな」
「ノックもなしにレディの部屋に入るって失礼でしょ」
「俺様を誰だと思っている?代理とはいえ今はこの国の王だ、部屋に入るのに許可など必要あるまい」
「そんなに偉いのなら庶民用の部屋に訪れるのは如何なものかしら」
「なるほど、木の椅子にクッションをつけて加工してあるのか」
「ちょっと聞いてる?」
庶民の部屋なはずなのにイザークの細工のお陰で快適で心地よい住まいへと様変わりしていた。
感心しているジークヴァルトにイザークが困った表情を浮かべる。
「どうした?」
「その…、リディア様以外がこの部屋に訪れる想定をしていなかったため椅子をご用意しておりませんでした、大変申し訳ございません」
「そんなことか、構わん」
リディアの椅子以外は普通の固い木の椅子だった。その椅子を引くと平然と座る。
「何、ちゃっかり座っているんですか」
「おい、俺にも茶をくれ」
「畏まりました」
「居座る気満々ね、そんなにお暇なのですか王様の仕事って」
「いつも言っているだろう?休憩に立ち寄っただけだと」
とげとげしいリディアの言葉を楽しむように返しながら差し出された茶を飲む。
「相変わらず美味いな」
「お褒め頂き光栄です」
「イザーク、美味しい茶でなくて苦いお茶をこれからは出しなさい」
「ですが…」
「その方が頭がスッキリして次の仕事に向かえるというものよ」
「俺の事を気にかけてくれるのか?」
「ええ、早く仕事に戻られるようにとね」
「なら、気に掛けた礼をしなくてはな」
「礼なんていり――――っ?!」
ぐいっと体を引き寄せられると、首元にある徴に口付けられカーッと頬を染める。
「やはり反応は普通の女だな」
(ジークは私を何だと思っているのかしら?)
睨もうとしたが止める。こういう男はそうした方が好むはずだ。
(乙女ゲームのセオリーよね)
睨むことや反抗心を抱くなど俺様タイプはこれで好感度UPになる率が高い…というか好感度を得る王道中の王道。
そんな好感度などいらない。
好感度はキャラの抱える問題を解決すれば得られる。
大団円を目指すリディアにとって無駄に好感度が上がってキャラルートに入られては困るっていうもの。
そうなれば夢のぐーたら生活が遠のいてしまうのだ。
「もう冷静さを取り戻したか」
目を細め見るジークヴァルトを他所に、飲み終わったカップをテーブルに置く。
「休憩なさるならご自由にどうぞ、私は部屋で休ませて―――」
「そうか、お前も休みたくなるほど疲れているのだな、それならば気分転換をしよう」
「おひとりでどうぞ――っってっ何?!」
いきなり床に置いていた袋から服を押し付けられる。
「お前はこれだ」
イザークにも押し付けられる。
「あの、これは一体…」
「さっさと着替えろ」
「!」
「ちょっっ」
ジークヴァルトがバッと自分の服を脱ぎ捨てる。
そこから逞しい筋肉が艶目かしく現れる。
「ほら、お前たちもさっさと着替えろ、出かけるぞ」
「へ??」
「これは王命令だ」
「‥‥」
王命令とまで言われては、断るわけにもいかない。
しぶしぶ渡された服に着替える。
(これって平民用の服よね?…街に行く気?…でももう夕方)
すでに陽が陰り、すぐに暗くなるだろう窓の外を見る。
「で、どこへ出かけようというのです?」
「お前はこれもかぶっておけ」
「っ」
イザークに大きな布を被せる。
「お前の目は暗がりでは目立つからな」
「はい…?」
「さ、いくぞ――――っ」
そう言ってリディアの腕を掴みドアに向いたところで首元に刃が掛かる。
「やはり現れたか」
「姉さまをどこに連れて行く気?」
リオがジークヴァルトを睨み据える。
「心配ならお前も来い」
少しも動かないリオを見かねてリディアが声を掛ける。
「王命令は絶対よ」
「姉さま…」
ジークヴァルトの首元に翳していたナイフをしまう。
「よし、じゃぁ行くか!」
ニカーッと笑うとリディアの腕を引っ張り外へ出た。
街に着くころには外は暗くなっていた。
あちこちで飲み屋やお食事処が光を灯す。
(これが夜の街並みか…)
昼間の外出はした事があったが、夜は初めてだ。
酔っ払いや賊も行動しやすい夜に出歩くのは流石に危険だと思って避けていた。
(でもまぁこのメンツなら心配いらないわね)
ジークヴァルト筆頭にリオやイザークが一緒なら、凶悪犯が現れても全く心配は要らないだろう。
(ならば、楽しまなくては損ね、それに――)
「お、どうした?急に機嫌がよくなったな」
「夜の街は初めてなの、ワクワクしてきたわ」
(金づるもいるし♪)
「そうこなくちゃな、くっ、やはりお前はいいな」
愉快そうに笑うとあちこち引きずりまわされる。
初めて見る夜の世界。
「殿下っ」
「おい、今はレオンだ」
今はお忍びという事で平民の格好をし名を変えてジークヴァルトはレオン、イザークはリヒト、リオはアル、リディアはリリー、そしてリオとリディアはそのまま兄弟で、あとは友達同士という設定だ。
「申し訳…っすみません、ですがそのここは…」
「姉さま、なぜこの女たち肌を露出しているの?」
「女を売ってお金を稼いでいるの」
「女って‥っっ」
理解したのかリオの顔がカーッと赤く染まる。
リオも夜の世界は初めてだ。
国境のいざこざや争いを収めるのに夜駆り出されることはあっても、夜の街を歩くという事は初体験だった。
「初反応をするな」
リオの反応を面白がるように見ると、次はイザークを見る。
(流石ローズ家、表情には出さないか…)
だがイザークの耳元が微かに赤い。
そしてワクワクしながらリディアを見る。
「どうしたの?」
男二人が染めているというのに平然としているリディアに目が点になる。
リオの様にリディアの初反応を楽しみにこの通りをわざと通ったのだが、男と女の駆け引きがあちこちで行われているというのに頬も染めない。
「いや…」
(こんな場所に慣れてるはずはないのだが…もしや経験があるのか?)
「それはちょっと頂けんな」
「レオン?」
(反応は処女っぽかったが…うーむ)
下着の色を言ったり首元にキスをしただけで頬を染めるリディアが経験ありとは考えにくい。
「お前は恥ずかしくないのか?」
「え?ああ」
ジークヴァルトが何を言いたいのかすぐに理解する。
「慣れてるから」
「っ?!」
その言葉に男3人が蒼白する。
(経験ありってことか?!さっきもすぐに冷静さを取り戻したのも…考えてみれば義理の家族に貰われた当初は美しい姿だったはず…その時か?相手は誰だ…?!)
(姉さまが…そんな…、確か10歳であの家に‥きっとその時に…無垢で何も知らなかった姉さまを!)
(調書をもっと深読みすべきだった‥ 凌辱までされていたとは…)
リディアは前世で通勤での近道が風俗街だったため毎日毎朝夜通っていた。なのでよくある風景にしか映らなかったそれだけなのだが…。
(((その男、殺す!!!)))
「で、次はどこ…ってどうしたの?」
振り返った先にあった男3人の険相に顔を引きつらせる。
「何でもない」
「? 何でもないならいいんだけど、そろそろお腹もすいたわ、何か食べない?」
それなりに歩いたのでお腹もすいてきた。
夕飯時真っただ中なため、あちこちで良い匂いが漂っている。
お陰で余計に食欲を刺激されお腹がぐぅっと鳴る。
折角夜の街に出たのだ、どっかで食べて飲んで帰りたい。
(金づるもいるしね♪)
「この先に美味い飲み屋がある、ついてこい」
「! 飲み屋っ?! 気が利くわね♪」
キラリーンと目を輝かせる。
(ラッキー♪久しぶりの飲み屋だわ!前世以来…)
ダメージのデカい男3人の足取りが重い中、ルンルンと軽いステップを踏みながら飲み屋に向かった。
「おおーっっここがこの世界の飲み屋!」
にぎやかにあちこちで酒を飲み摘まみを食べながら盛り上がっている。
「ここは酒も料理も美味い、付き合ってくれた礼だ、好きなだけ飲んで喰っていいぞ」
「太っ腹―♪」
「僕、肉がいい!」
「どうした?リヒト」
「いえ…」
こんなに大勢の人々の中に混ざるのは初めての経験に平静を装おうとするも少しばかり緊張が走る。
イザークの目が嬉しそうに次々注文する主を見る。
(この紅い眼が見つかれば全てが台無しになってしまう)
布を手でギュッと掴むと深々と被る。
「お前も心配性だな、ここは酔っ払いばかり、そう気を張らなくともそうそうバレはせん、ほらお前もたまには羽目を外して飲め!」
「今は…」
「俺様の酒が飲めないと?」
「‥‥ですが」
「リヒトはお酒ダメなの?」
「そういう訳では」
「姉さま、お酒僕も飲んでいい?」
この世界では未成年者飲酒禁止法などない。
「いいわよ、酔いつぶれたらレオンに担いで帰ってもらうから遠慮なく飲みなさい」
「お前も酔いつぶれていいぞ?そうしたら俺様が介抱してやろう」
「なら、あなたが酔い潰れたらそのまま放っていくわ」
「ほほぉ、どっちが先に酔いつぶれるか勝負だな」
「望むところよ」
バチバチと火花が散る中、沢山の料理が目の前に並ぶ。
「これがこの世界の居酒屋料理!?美味しそう!」
目を輝かせるリディアを嬉しそうにジークヴァルトが見やる。
「さぁ、どんどん食え」
「いっただっきまーす♪」
そこからは美味しい料理に美味しい酒が入り、緊張感が解れ楽しく盛り上がっていく。
(こういうの久しぶりだなー)
前世で恋愛とか面倒なのが絡まないまぁまぁ気の合う友達とたまにこうして飲み会をしていた頃を思い出す。つるむのは嫌いだが、そういう席でのワイワイしているのはそう嫌いではなく楽しく思っていた。
今こうしてまたこの世界でこういう事が出来ていることが何だか不思議な感覚だが、悪くない。
なかなかに楽しいと思う。