45話

「―――以上です、最後の案件はまた後程…ジーク様?」

 サディアスが首を傾げる。

「ああ、解った」

 ジークヴァルトは先日のリディアの事を思い返していた。
 気になって図書室に見に行けば、低俗の本などではなく魔法書から地理など様々な本を読んでいた。
 毎日あれだけの情報を学んでいて尚も成績が最下位なのはおかしい。

(あの女、やはりわざとか…)

 そう考えるのが妥当だ。
 聖女になれば国の最高峰に上り詰められると言うのに、最初から感じていた事だが聖女になりたくないと逃げているようにみえる。
 徴が違えど徴が出ているのだ。あの境遇であれば自分は候補だと自ら名乗り出てもおかしくないぐらいだ。
 それにリディアは聡い。
 そんな聡い女が聖女に名乗り出ない理由。いや、聖女になるまいと逃げる理由は?
 それに自分の記憶が確かならば‥‥

(やはり、もう一度早いとこ調べておく必要があるな…)

「おおっ、殿下!」

 サディアスと並んで歩き角を曲がった所で沢山の人だかりができていた。

「何だこれは…」
「殿下!今日は我が娘を連れて参りました!」
「あの、殿下、今日は宜しければ少しお話がしたいと参りました!」
「殿下!」

 たくさんの女性がジークヴァルトに押し寄せる。

「あー、先日の聖女候補の結果が伝わったのでしょう」

 サディアスの言葉になるほどと内心ため息をつく。
 ジーク派だと思われているリディアが重要な高得点試験にダントツ1位を取ったとなれば、聖女に選ばれる可能性が高くなったという事。
 聖女は王同等、またはそれに近い発言を許される。
 すなわち、国王代理と聖女がジークヴァルトの手の内となれば、アナベルの力が弱まる。
 ジークヴァルトの天下になる可能性が高いと考えたのだろう。
 押し寄せる顔ぶれを見る。
 普段虚け者と蔑んだ貴族達がこぞって自分の娘を紹介してくる。
 怯んで遠巻きにしていた女達までもこうして押し寄せてくる。
 アナベルにゴマを擦っていた連中が掌を返して謙った笑みを浮かべる。

「呑気なものだ」
「ジーク様」
「はっ、どちらが虚けか」

 小さく誰にも聞こえない程度のジークヴァルトの呟きにサディアスもグッと拳を握りしめる。
 今、城下にまでも魔物も現れ始めているというのに、呑気に権力争いに身を投じる欲の塊な貴族が言葉通り虚けに見えた。

(この国の一大事というのに、馬鹿どもが…)

 魔物に襲われ城もろとも崩れれば権力所でないというのに、そんな事眼中になく、自分は助かると思っている欲の塊のこの醜い者たちに反吐が出る。

「虚けと思って…おっとゴホンッ、殿下は水の魔法まで使えるとは!御見それいたしました!」

 水魔法が使えない事にしたのは、弱点を装ってもしもに備えていたからだ。
 この前、興に乗じて使った事は、あっという間に広まっていた。

「水魔法は使えないとばかり思っていました!流石殿下です!」
「水魔法か…ふむ」

 空を見上げる。
 カンカンと照り注ぐ太陽。

「殿下!この後我が娘がぜひお話ししたいと」
「我が娘は美しいと自慢です、ぜひ、一度」
「殿下!私前から殿下と一度お話ししとうございました」
「殿下!」

「おお、いいぞ」

「!」

 ジークヴァルトの手から水球が現れる。

「おお、素晴らしい」
「お見事にございます、殿下」

 皆がその水球を褒めたたえる。
 が、その顔が焦り始める。
 小さな水球が見る見るうちにでかくなったからだ。

「で、殿下?!」
「うわぁぁあああっっ」

 あっという間に物凄くデカい水球になる。

「今日は暑いのう、折角だ」

 ガバッと服を脱ぎ捨てる。

「じ、ジーク様!」
「水浴びでも一緒にどうだ?」

 そのまま水球の中に飛び込む。

「気持ちいいのぉ!」
「殿下!」
「俺と話したいならその服を脱いで一緒に水浴びを楽しめ、ならば水浴びついでに話をしてやろう」
「なっ」

 ジークヴァルトの言葉に皆驚倒する。

「ほら、娘を紹介したいのだろう?ならば脱いで一緒に水浴びしながら語り合おうじゃないか」
「殿下!興が過ぎますぞ!」
「そこの娘、俺と話がしたいのだろう?ほら脱いでさっさと入れ」
「っっ‥‥」

 頬染め次に真っ青になり、怖気づいて体を竦ませる。

「この…虚けめが…殿下でなければ…」
「何か言ったか?」
「い、いえ…」
「ほら、紹介したいのだろう?早く水に入るがいい」
「い、嫌よ、お父様っ」
「ム、無理!」
「きゅ、急用を思い出しました、今日は失礼いたします!」
「きゃーっっ」

 あっという間に人だかりが消えていく。

「ジーク様…、またこのような事」

 はぁ~~っとサディアスがため息をつく。

「気持ちいいぞ?お前も入ればどうだ」
「遠慮いたします」
「たく、お前は相変わらず固いな」
「主が柔らか過ぎるのです」
「うーむ、気持ちいいが一人ではつまらんな…」

 そこで何か悪だくみを思いついたようにニーっとジークヴァルトが笑う。

「おい、図書室にいる女を今すぐ連れてこい!」
「は、はっっ」
「?…っ、もしや、あの女を連れてくる気ですか?!待ちなさっうぷっ」

 止めようとしたサディアスの顔に水が掛かる。

「止めるな、くっ、あの女はどんな反応を示すか楽しみだな」
「これが知れたらどうするのです!一応あの女も聖女候補、国の宝とされる存在なのですよ!」
「もう呼んでしまったもんは仕方なかろう」
「っ‥‥」

「殿下がお呼びです!」

 と言われ、無理やり連れてこられたリディアはポカーンと口を開けた。
 そこには大きな水球が浮かんでいて、その中にジークヴァルトが水浴びを楽しんでいたからだ。

「よぉ、お前もどうだ?」
「ジーク様!」

 サディアスが怒るのを他所に、大きな水球を見上げる。

(これは…プール…)

 暑い日差しがリディアに照り注ぐ。

「気持ちいいぞぉ!」

 気持ちよさそうに水の中に潜るジークヴァルト。

(ああ、気持ちよさそう…)

 底まで潜って来たジークヴァルトがリディアの前で水球から顔を出す。

「ほら、お前も来い!」
「ジーク様!」

 リディアの腕を不意に掴み引っ張り込もうとするところで踏ん張る。

「なんだ?嫌か?」

 つまらなそうな顔をしてジークヴァルトが手を放す。

「ちょっと待って」
「?」

(今日の下着は…ドロワーズにコルセットキャミよね…)

 前にジークヴァルトに下着を見られたので、下着の上にドロワーズを履くようになった。
 そして今日の上はコルセットキャミだ。

(ある意味、水着と変わらないわよね…)

 ならばと、バッとドレスを脱ぐ。

「「「「!」」」」

 皆が目を見張る。

「はっ、いけないっっ」

 サディアスが急いで水の防御壁を作る。
 壁の向こうで兵士たちの残念な声が上がる。

「やっほーい♪」

 そのままリディアは水球に入ると泳ぎ一番上まで登り顔を出す。

「ぷはーっっ気持ちいい!!」
「はっはっ!気持ちいいだろ!」

 ジークヴァルトがご機嫌に追いかけてきて顔を出す。

「お前、泳げたのだな」
「まぁ普通にね」

 久々のプールに気持ち良くまた潜り泳ぐ。
 前世の姿と違い今のリディアは美しい姿をしていた。
 その姿で太陽に照らされキラキラ光る水球の中を泳ぐ姿はまるで人魚の様でジークヴァルトとサディアスの眼が細まる。

「ぷはっ、最高!」
「ならば、これはどうだ」

 そう言うとリディアごと水が浮かびウォータースライドの様に滑り落ちる。

「ひゃほぉ♪」

 興奮して声を上げる。

「あっはっはっもう一回!」
「おう!何度でもいいぞっ!」

 気づけば日が落ちるまで水遊びを楽しむ二人だった。

「リディア様…」

 迎えに来たイザークが唖然と二人を見る。
 ぐっすり頭を寄り添って眠るジークヴァルトとリディア。

「水遊びに力尽きたようです、運んで連れ帰ってもらえるかな」
「畏まりました」

 リディアを抱き上げる。

「日焼けもかなりしたようですので、ケアをするように、聖女候補が日焼けでボロボロの肌など以ての外ですからね」
「はい、では失礼します」
「よろしく頼むよ」

 サディアスに一礼するとリディアを部屋へと急いで運ぶ。

「っ‥‥」

 リディアをベットに寝かせるとその手がぐっと握りしめられた。
 軽く掛けられた上着がはだけ下着が丸見えだ。

「ん…、イザーク?」
「目を覚まされましたか?」
「ぅん…、水…」
「すぐに…」

 水球を手に浮かべる。
 その水球を少し見つめる。

「‥‥」

 水球のままでは寝たままだと飲めない。

「起き上がれますか?」
「無理…」
「では…失礼いたします」

 水を含みリディアに口付ける。

「っ」

 少しピクッとするもまだ微睡むリディアは喉を鳴らしてイザークの口移しで水を飲む。

「はぁ~~~」
「まだ飲まれますか?」
「ううん、も…い…」

 そのまままたリディアは眠りにつく。
 だらんと垂れた赤くなった腕を手に取る。

「こんなにも日焼けして…」

 その腕を自分の頬に付ける。

「かなり火照っていますね…しっかりとケアをして差し上げますね」

 イザークの瞳がキラリと光る。

「まだ足りない… もっと… もっと必要ですね… いつでも私を呼んで下さるようになるには…」

 そこでふとデルフィーノとのことを思い出す。

「ああ、でも…私にはその資格が…」

 すぐに光が消える。
 これがイザークの属性開花になっていたことをリディアは知らない。
 問題ありな属性攻略男子ではないと気にしていなかったイザークの問題ありな属性開花だという事を。