リディアは頭を抱えていた。
教室内が殺伐としている。
「認めませんわ!そんなに早く持って帰れるはずがありませんもの!ズルをしたに決まっていますわ!」
「ちゃんとリディアの場所から品がなくなっていたのよ!私はリディアを信じます!」
「ジーク派の言葉など当てになりませんわ、あの虚け者の味方ならば嘘やズルもお得意でしょう」
「ジークヴァルト様はそんな方じゃありません!あの方は立派なお方よ!」
レティシアとフェリシーが教室のど真ん中でガチバトルを繰り広げられている。
試験結果はダントツ1位がリディア、2位がレティシア、3位フェリシーという結果だった。
1位を狙っていたレティシアがそれにキレたのだ。
それを保護する形でフェリシーが応戦。
教室に入るなりバトルはずっと繰り広げられた状態だ。
(これは…想定外だわ…)
金太郎飴イベントだと解っていたリディアは、リオが橋を渡れず品を持って帰れないか、または最下位で戻ってくるだろうと思っていたのだ。
(まさか聖女が通る時のみに発動とか、ふざけんなっての)
ぶちぶちと小声で愚痴る。
橋の爆発が発動しなければ、リオのチート身体能力を考えれば1位になると容易に予想できる。
(知っていれば対処したのに…くぅっっ)
聖女候補に落ちるように成績も最下位をキープしていたというのに、聖女試験の一つ、しかも重要な高得点試験でダントツ1位を取ってしまったのだ。
これでは聖女試験に合格する可能性すら出てきてしまった。
「このクラスで成績が一番下だというのにあの難しい試験で1位なんておかしすぎますわ」
「リディアは頑張ったのよ!きっと必死に――――」
「お黙りなさい!私は枢機卿に異議を申し立てているの」
睨み合っていた二人の目が今度はオーレリーに向かう。
「オーレリー様!リディアはそんなズルをする子じゃありません!」
「インチキに決まっているでしょう、どうせ精巧な偽物を用意していたか、事前に隠された場所を盗み聞きしていたかに決まっているわ、普通の人間であればこんなにも早く持って帰れるなど不可能よ、ああ、魔物も扱えるのよね、もしかして魔物でも使ったのかしら?」
「イザークは魔物じゃないわ!それにリディアはそんな卑怯な真似なんてしない!」
「では証拠を見せなさい、でなければ1位を返上しなさい」
「横暴よ!」
「田舎娘は黙っていなさい」
レティシアがリディアの前にツカツカと歩み寄るとバンッと机を叩き手を置く。
皆がリディアに注目する。
「早く認めて、返上しなさい」
「どう――――」
「やかましいなぁ、相変わらずギャンギャンと」
「ジークヴァルト!」
「殿下?!」
返上は願ったり叶ったりな申し出にリディアが”どうぞ“という前に不意に現れたジークヴァルトで阻まれる。
(ジーク?!また邪魔をっっ)
「ジークヴァルト、あなたが共謀したのでしょう?白状なさい」
「おや、珍しいな、直球でくるとは」
「当然でしょ?誰がどう見てもこんな速さで取って帰ってくるなんて不可能ですもの」
レティシア派がそうだそうだと喚き立てる。
「だが事実だ」
「証拠は?」
「その場に俺とサディアス、それに大勢の兵もいた」
「え?」
「自分の連れて来た候補生の応援と思ってな、その場に俺もいた」
「あ、あなたが首謀者かもしれないわ」
「オーレリー枢機卿」
ジークヴァルトに呼ばれてやっと話せるという様に一つ小さな息を吐く。
「レティシア様、この試験の品物にはかなり高度な魔術を使った目に見えない印を施しています、偽物を用意したとしても印は真似できないでしょう、それに皆気づいていないようですが品物の場所はこちらで監視できるようになっております、確かにリディア嬢の弟君がそれを取り帰っていったのを確認しております」
「!」
オーレリーの言葉に皆唖然とし黙り込む。
「ですので、不正は不可能なのです、国の最重要聖女試験ですからね、不正が無いようこちらも厳重に目を光らせております」
「ということで、こいつの1位は確定だ、文句あるやつはいるか?」
ジークヴァルトの言葉に教室内がシーンと静まり返る。
「よかったわね!リディア!」
フェリシーが嬉しそうにリディアに振り返る。
「ああ、よかったな、1位よくやった褒めてやろう」
ニヤニヤして振り返るジークヴァルトを余計なことをしやがってと目で訴えながら睨み上げる。
「邪魔したなオーレリー、一位殿に祝辞を述べた事だし職務に戻る」
「ご足労感謝いたします」
「聖女候補諸君、此度で成績振るわなくともまだまだチャンスはある、これからも存分に励まれよ」
ジークヴァルトの言葉にレティシア以外皆頭を下げる。
そのまま颯爽と去っていった。
「それでは授業を始めます、皆、席におつき下さい」
「返上したかったのに、はぁ~~~」
「今日は夕食にリディア様の好きなデザートをご用意するので元気を出してください」
「夕食にお酒もよろしく」
「畏まりました」
王宮図書室に行くまでの間、リディアの愚痴を聞いていたイザークの足が扉の前で止まる。
「では、後ほどまた迎えに参ります」
「今日は肉にして、がっつり食べて忘れたいの」
「ふふ、ではがっつりな食事をご用意しておきますね」
「楽しみにしているわ」
「はい、では…」
リディアが室内に入っていくのを見届け、イザークは元来た道を引き返す。
「よぉ」
「!」
角を曲がったところで見知った声を聴く。
「デルフィーノ…」
レティシアの執事をしている従弟のデルフィーノが壁に凭れ立っていた。
「魔物めが、どんな手を使った?」
すぐにそれが先日の試験の事だと把握する。
黒魔法を使ったことはジークヴァルトの命令で内密にされた。
だが尋常じゃない速さで品物を取ってきたのだ。
リオの能力を知らない者からしたら、何かしていると勘繰るのは当然だ。
「いえ、私は何も…」
「ふん、どうやって殿下に取り入ったかは知らないが、魔物風情が調子に乗るなよ」
「‥‥」
「あの恥知らずな聖女候補がお前を使って1位を取ったのだろうが、目立つことをするな、ローズ家の恥さらしが」
「っ」
ドガッと鳩尾を蹴られ蹲る。
「私がレティシア様の執事になったのだ、お前に勝手な事はさせない、今度何かしたら許さない、解っているだろう?」
「…」
イザークが自分の胸元をギュッと掴む。
「いいか、レティシア様の邪魔をするな、これは忠告だ」
「…」
「解ったな?」
こくりと頭を頷かせる。
「それでいい」
服を軽く整えると、ツカツカと何事もなかったようにデルフィーノが去っていく。
(リディア様…、あなたに迷惑を掛けるわけにはいかない…だけど‥‥)
思いつめるようにイザークは自分の胸元をもう一度ギューッと握りしめた。
本に手を当て真剣な面持ちでその内容を改めて吟味する。
(やはり、これにも私の魔法は載っていないわね…)
どうしても自分の属性以外の魔法が出せない。
イザーク曰く、自分のその魔法はこの世界にはないものだという。
(ピカっと光るし、これはきっと光魔法よね…)
王宮図書室で魔法の本を探しまくるも、どこにも自分の属性の魔法は載っていない。
そして色々調べたが、ある程度の魔力を持っていれば生活魔法レベルの他属性の魔法が使えるとどの本にも書いている。
だがリディアは未だに使えない。
(ここまでくると、本当に使えないと考えた方がいいかもしれなわ…)
光魔法の事も載っていないという事は、自分は特殊で使えないという事も十分にあり得る。
(生活魔法が使えないのは痛いわね…となるとイザークはやはり必須だわ…)
井戸が遠い場所や家事の火が使えないと生活は苦労する。
自分が光魔法以外使えないなら使える者を連れていくしかない。
「ほぉ、魔法書か」
「!」
不意に頭の横から声を聴き焦って振り返る。
「ジーク?!なんでこんな所に?」
「王宮図書室だ、俺が居てもおかしくないだろう?」
「それはそうだけど…」
今まで人っ子一人いないこの王宮図書室に現れる事態が怪しい。
「勉強熱心だな…」
リディアの前に積まれた魔法書の山を感心するように眺め見る。
「どうせ揶揄いに来たのかもしれないけれど、他の相手を当たって、こっちは今忙しいの」
読み終わった本を重ねて両手で抱え持とうとして、それをスッと奪う様に持ち上げられる。
「俺も本を読みに来たのだ、ここはお前だけの場所ではないだろう?」
「‥‥ お好きにどうぞっわっ」
ジークヴァルトの手から魔法書が飛んでいきあっという間に元の場所に収まる。
(くぅ…魔法が使えたら、楽なのに!)
自慢気に見下ろされるその瞳を睨みつける。
そしてズカズカとお目当ての本棚に行くと梯子を使って登り始める。
「おー、いい眺めだな」
高い所の本を取ろうと階段を登ったその下でジークの声を聞き、ハッとしてスカートを抑える。
「変態」
「お前がいうか?魔物執事に靴を舐めさせたのだろう?」
「!…なるほど、監視はいるわよね」
「相変わらず飲み込みが早いな」
あの場ではレティシア達と自分らだけだったはず。
それなのに情報を知っているジークヴァルト。
この喰えない男が監視も付けていないはずはないなと直ぐに思い至る。
「いい加減、そこから離れて下さらない?」
「いいだろう?どこにいても」
「セクハラで訴えますわ」
「セク?」
「変態容疑で訴えると言ったのです」
「お前が勝手に見せたのだろう」
「見せていません」
「白」
「え?」
「聖女だけに白か、つまらんな」
「!!」
バシッと本を投げつけるも本が宙に浮く。
「見てしまった後だ、恥ずかしがらずさっさとしろ」
流石にリディアも少し頬を染める。
「ほぉ、お前でも恥じらいはあるのだな」
「!」
「うわっっ」
上からたくさんの本が降ってくる。
その本達が宙に無数に浮かぶ。
「あら、手が滑ってしまいました」
そう言い放ち階段から飛び降りると、ジークヴァルトの周りに飛ぶ本の中から幾つか手に取る。
「助かりましたわ、ありがとうございます」
「ほ、ほぉ、それはよかったな」
ひくひくとジークヴァルトの唇の端が引くつく。
「‥‥いつまで居るつもりですか?」
「いいだろう?ここは王宮図書室だからな」
「‥‥」
その後も帰るそぶりを見せないジークヴァルトにイラつきながら本をめくる。
さり気に力を使って脳に入れるが、すぐに本を閉じるわけにもいかずページを一枚一枚めくる。
(これでは全然進まないじゃないっ、邪魔だわ…)
はぁ~とため息を付きながら、本を捲るのだった。