40話

 大量の荷物を持ち主を待つがたいのいい大きな男が外で突っ立つ。
 その滑稽な様にクスクス笑いながら使用人が通り過ぎていく。
 それを気にする風でもなく何の感情も表に出さずただ突っ立つ。
 静まり返ったその場に風が吹き木の葉を揺らした所で男は呟いた。

「何の用だ?」
「流石団長、上手いこと気配を消したつもりだったけど、あなたには敵いませんね」

 建物の陰に隠れたこれまた筋肉モリモリの男…いや女のキャサドラが誰にも聞かれないように小声で話しかける。

「うちのもんがちょっと小耳にはさんできたんだが、あまりいい話ではないわ」
「?」
「ハーゼルゼット様の目の化膿が酷く、菌が入ったのか体も碌に動かせなくなっていると…」
「‥‥」
「何度か牢に忍び込ませようとしましたが、アナベルの警戒は厳重で無理でした…すみません、お役に立てず…」
「問題ない」

(相変わらず何考えているのか解らないな団長は…)

 全く表情を変えないオズワルドを見る。

(自分の父親が牢獄で死ぬかもしれないというのに、微動だにしないなんて…)

 やはり凄い人だとキャサドラは改めて感心する。

「その…」
「?」
「何か証拠となるモノに心当たりは?」

 軽く頭を振る。

「やはりダメか‥見事に証拠隠滅されているわね…」
「不要に動くな」
「ですが… っ」

 彼女の姿がスッと消える。

「どれも素敵だったわ」
「お気に召していただけて光栄です、また新しい品が入りましたら真っ先にこちらに参上致します」
「ええ、楽しみに待っていましてよ」
「では…」

 商人が部屋を出ていく。

「さっさと荷物を持ちなさい、まったく愚図ね、それでよく王宮騎士団長なんて勤まっていたものね」

 さらに増えた荷物を無言で重ね持つ。

「私はこれから用がありますわ、あなたはそれを部屋に運んでおきなさい」

 そう言って主が去っていくのを見届けると、大量の荷物を持ち廊下を歩く。
 その目に庭先であの魔物執事にお菓子を食べさせて貰う女を見つける。
 その女を横目に睨みつけながらその場を後にした。

「はむっ 今日も美味しぃわぁ~平和だわ~~」

 一押しのオズワルドに睨まれているとも露知らず暢気にイザークとお茶タイムをする残念な女リディアがいた。
 あれからフェリシーは、あまり寄ってこようとしなくなった。
 あれだけの事を言われたのだ、相当堪えたのだろう。

「リディア様、試験の人選は決まりましたか?」
「決まっているわよ」
「名を教えて頂ければ書状を出してまいりますが…」
「必要ないわ」
「?」
「リオだけだもの、必要ないでしょ?」

 動かしていたイザークの手が止まる。

「3名までとお伺いしておりますが…」
「リオだけでいいわ、第一頼める知り合いもいないしね」
「それは…」

 そこでイザークは口を噤む。

「ああ、調査書を見ているから知っているのね、気にしなくていいわ」
「すみません…、そう言えばリディア様は10歳頃まではご両親と過ごされていたとか?」
「ええ」
「その頃の知り合いでも私が必ず見つけ出してきます、心当たりは?」
「うーん…あまり外に出してもらえなかったから家族以外あまり知らないのよね~…」
「そうですか…、ではそれ以降、弟であるリオ様以外との接触は?」
「ないない、痩せ細った奴隷のような姿の子と仲良くしようという者などいる筈ないでしょ」
「っ…、辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません」
「いいのよ、途中からはそうでもなかったし」
「本当に申し訳ございません…私にも伝手がなく、リディア様の力になることが出来ず―――」
「あ、あー、そう深刻にならなくていいわよ?」
「ですが…」

 申し訳なさそうに俯く。
 
―――― ガサッ

「誰です!」

 イザークが音のした草むらに駆け寄る。
 だが姿はすでになく走り去った後だった。

「調べて参ります」
「別にいいわ」
「ですが」
「今の話を聞かれたところで何の意味もないわ」
「そうですが…」

 先ほどの会話を思い出し、また申し訳なさそうに俯く。

「その、ね、元からリオ一択よ」
「?」
「友達が居ようと選ぶ気なかったから大丈夫」
「ですが、今回の試験、魔法を使える者、そして属性を考えて選ばないと目的地に辿り着けなくなっているように思います」
「問題ないわ」
「そう言うわけにはっ、…無理かもしれませんがローズ家に頼んで―――」
「ダメ」
「ですがっ」
「あなたも私と似た境遇なのでしょ?そんなことしたらまたローズ家に捕まっちゃうわ」
「っ‥‥」

(やはりリディア様は聡いお方だ‥‥)

 ローズ家にしてみれば殿下の命令であれど何かあってはいけないとイザークを何とか家に閉じ込めたいのが心情だ。少しでも弱みを見せれば何かと理由を付けてまた閉じ込められる可能性は高い。

(自分がピンチだというのに、それを解って止めて下さる)

 イザークは胸に手を当て美しい主を見つめる。

(本当に、お優しいお方だ… だからこそ…何とかして差し上げたい)

 無論、違う。リディアの心中はこうだ。

(お気に入りのイザークをローズ家に取られてたまるかっっての!)

 安定の自己中だ。

「私は…リディア様のためならば捕まっても構いません」

 意を決するように顔を上げリディアを見る。

(いやいや、そーじゃない、それはダメってのよっ)

「そうじゃないの」
「?」
「すこーし考えてみて」

 指を立て頬に当てるリディアを首を傾げ見る。

「もしも、よ、誰か仲間をあと2人連れてきたとするわね」
「はい」
「そうしたら、あのリオはどうすると思う?」
「!」

 ハッとするように顔を上げる。

「もう解ったでしょう?あのヤンデレ―――コホン、姉さま以外受け付けないリオが何もしないわけがない、今のリオなら下手したら事故と見せかけて殺しかねないわ」
「‥‥確かに、リオ様ならあり得ますね」

 余りにもあり得る想像に易しな理由に、頬にタラ汗が付く。

「ね、元々一択なのよ、リオを外す気もないしね、リオを外しても危険だし」

 リオを外しても嫉妬で仲間を殺傷する危険もある。

「ですが、それでは課題の品を取りにいけない可能性が…」
「構わないわ」

 平然と言うリディアに暫し唖然とする。

「構わないとは‥‥?」
「別に取れなくても参加していれば問題ないでしょ」
「それはそうですが…この試験は重要度が高く聖女の資質を見る聖女試験の一つになるとも伺っています」
「あー、聖女になれなくてもいいのよ」
「え?」

 重要度の高い聖女試験の一つを落とすことになると言いたいのを察してリディアは返答を返す。

「理由を…聞いてもよろしいですか?」

(理由は2つあるけれど…イザークが知りたいのは聖女になりたくない理由よね)

「そうね、イザークには話しておいてもいいかしら…」
「?」

 リディアは少し考えるように俯くと、辺りを見渡す。
 誰もいない事を確認するとイザークに振り返り真っすぐに見た。

「先にハッキリと言っておくわ」
「?」
「私は聖女になる気はないの」
「!」

 驚くイザークを置いてそのまま続ける。

「元々聖女にならないために家出して逃亡中に捕まったの、そしてジークが私をここに閉じ込めた」
「閉じ込め…」

 少し考えたイザークが気づいたように顔を上げる。

「流石一流執事ね、そう、ジーク殿下のただの戯れではない、わざわざ『ジークヴァルトが連れてきた』と言った事で私をここに閉じ込めたのよ」
「どうしてそのような事を?」
「さぁ、ジークの考える事なんて知らないわ、元々聖女なんてなる気もないし真っ平ごめんなの」
「では、…その聖女候補のまま終わるとして、その後はどうするおつもりですか?このままでは家出したその男爵家に戻ることになります、…その男爵家に戻るのは正直賛同できません、よろしければ良い後援者を私の方で探して―――」
「必要ないわ」
「?」
「ね、イザーク」
「!」

 イザークの手を両手で握りしめ見つめ上げる。

「一緒に来ない?」
「一緒にとは?」

 リディアはつぶらな瞳でイザークの紅い瞳じっと見つめる。

「私はね‥聖女試験が終わったら逃亡するつもりなの」
「!」
「だから一緒に来ない?」

 イザークの紅い瞳が揺れ動く。

「‥‥なるほど、リオ様がいつもあなたをここから出すと言っていたのはこういう事だったのですね」
「そうね、私だけでは逃亡は不可能だから」

 改めてイザークの手をギュッと握りしめる。

「あなたもローズ家に捕まりたくないでしょう?だからお願い、一緒に来て」

 これでもかというぐらいつぶらな瞳をうるうるさせる。
 揺れ動く紅い瞳にイザークの動揺が伝わってくる。

(もう一押し!)

「イザークに…傍にいて欲しいの」
「リディア様‥‥」

(決まったか?!)

 イザークの手がリディアの手をギュッと握りしめると、だらんと首を落とした。

「すみません…、少し考える時間を下さい」

(え?)

 決まったと思ったのに保留になってしまったことに今度はリディアの方が驚く。

(おかしい… チョロいはずよね?)

 このゲームの攻略男子はチョロいという認識のリディアは、これで落とせると踏んでいた。
 それが落とせずにいたのだ。

(まだ何か攻略忘れているものがあるっていうの?)

 イザークルートの問題は排除したはずだ。
 ならこちらの言う事はホイホイ聞いてくれるはずなのだが、聞いてくれないという事はまだ何か問題が残っているという事だ。

(見たところ好感度も十分上がっているように見えるし)

 以前、自分のものにしちゃうよ?的な問いに「切望する」と答えたぐらいだし、「マイレディ」と呼んだところを見ると好感度が上がっていないはずがない。

(…となると)

 やはり何かまだ排除しないといけない問題が残っているのかもしれない。

「解ったわ…」
「ありがとうございます…」

 そういうイザークの思いつめたような切ない眼差しに少しだけ胸がキュンとする。

(やはり問題が残っているのね…でもまぁ)

 一番の大きな問題は取り除いてある。
 残りの問題はこの聖女試験が終わるまでに見つけて排除すればいいかと気楽に考える。

(基本チョロいはずだしね~)

 とりあえず、今は保留のままでいいかと考えを改める。

(まぁいざとなったらリオ使って無理矢理連れて行こう)

 相変わらず外道な思考回路のリディアだった。