54話

「ここは気持ちいわね」

 少し小高い丘の上に立つ。
 リディアの体に心地よい風が吹く。

「どうだ?感じるか?」

 ディーノが真面目な顔で聞いてくる。

「そう、慌てないで」
「いつ夜になるか解らないし、カミル様が苦しんでいらっしゃるかもしれない…早く見つけなくては」

 昨日と打って変わって深刻な表情のディーノをやれやれとみる。

「私という望みが見えたら今度は焦り怖くなった?」
「っ…、聖女様には敵わねぇな」

 その言葉にぽりぽりと後ろ頭を掻く。

「ああ、もう2年になる、この1年探し回ってやっと得た情報だ…ウラヌの山はまだ無事だからカミル様が亡くなったとは考えられない、となると帰られない状況にあるのは確かだ、誰かに捕まったか、何かあったに違いないと思うとな…」

 この1年ずっと一人不安を抱え必死に探してきたのだろう。
 望みが見え疲労の表情が顔を覗かせる。

「な、どうだ?何か感じるか?」
「ディーノ、その神は聖女と親交があって、聖女は神を感じることが出来ると言っていたわね」
「ああ、だから、何か感じないかと聞いてるんだ」
「その聖女は初代聖女と言っていたわね、それ以降は親交はないの?」
「…ああ、ないと言っていた…」

 ディーノの顔が沈む。

「だから感じないかもしれない、それも解っている…、ただこの広大な異空間ジャングルで探すのは流石にきちぃだろ?僅かな希望でも縋りたい気分なのさ」

 肩をすぼめ答える。

「なるほど…」

(本物の聖女は初代以降現れていない…てことね)

 そう考えれば、いろいろこの世界を理解してくる。

(私は2番手か…)

「すまない、こんなに言えば重荷だよな…、大丈夫だ、ダメでもちゃんと受け止めるから、そこは気にしないで探してくれないか」

 思いつめたように頭を下げてくるディーノ。

「心配いらないわ」
「え?」
「きっと大丈夫よ」
「?」

 顔を上げたディーノにニッコリと笑って見せるリディア。

「探し当てたら、私を地上に戻す約束、忘れないでね」
「お、おう、もちろんだ」
「なら少し下がって見ていなさい、気が散るから」
「あ、ああ」

 ディーノが離れたところで丘の上からジャングルを見渡す。
 そして瞳を閉じる。

(ピカっと魔法も、本一気読みも、思えば出来た…なら…)

 体中にこの空間を感じる。
 全てを感じ取った所で声を上げた。

「さぁ、返事しなさい!ウラヌの神、カミルよ!」

 そう叫ぶとともにリディアの体が光り輝く。

「?!」

 ディーノが目を見開きリディアを見る。
 それはまるで女神の様に絹の髪を靡かせ眩い光に包まれたこの世の者とは思えない美しいその姿に息をするのを忘れ魅入る。
 その光が異空間を埋め尽くしていく。

―――― 苦しい…助けてくれ…

「見つけた!」
「っ」

 リディアの言葉に顔を上げる。

「ディーノこっちへ」
「解った!」

 急いでリディアのそばに寄る。
 リディアはディーノを掴む。

「さぁ、あなたの場所に連れて行きなさい!」

 瞬間、二人の姿はその丘から消え、気づけば森深くに佇んでいた。

「こ、ここは… っておいっっ大丈夫か?!」

 ふらっと倒れるリディアを抱き留める。

「力を使い過ぎてしまったみたい…」
「! どうすればいい?」
「寝てれば治るわ」
「解った――あ…」

 辺りが一気に夜になる。

「しまった…もう夜…早く安全な場所を探さなければ…」

 青白い顔をして意識を失ったリディアを抱き上げる。

「生きているよな…?」

 ぐったりとして動かないリディアが心配になり口元に顔を寄せる。
 その頬に息が当たる。その息に安堵に肩を撫で下ろす。

「しかし全く方角も地形も解らねぇ…下手に動いたらヤバイか…しかしここでは…」

 辺りを見回してもリディアをゆっくり寝かせられるような場所ではない。
 どうしたものかと悩んでいると、不意にポッと光が目の前に浮かぶ。

「! これは」

 青白い光を身に纏った蝶が目の前をひらひら飛ぶ。

「カミル様の使い?! カミル様!!」

 思わず叫ぶが返事がない。
 だが、近くにカミル様を感じる。

「やはりこの近くにカミル様が?!」

 青白い蝶が道案内するようにゆっくりと飛ぶ。
 その後を追いディーノは真っ暗な森を進んでいく。

「! 湖…」

 青白い蝶を追っていくと広い湖の前に出た。
 すると蝶が更に湖の奥へと進む。

「‥‥ 湖へ入れという事か」

 深さも解らない夜の湖に入るのは勇気がいる。
 だが、その蝶は絶対にカミル様のものだと思ったディーノは意を決し、リディアを抱えたまま湖へと入る。
 どんどん深さが増しリディアの体も水に浸かってしまったところで蝶が止まった。
 すると雲間に隠れていた満月が顔を出すと自分たちを照らし出す。

「!」

 湖に映し出された自分達の周りを囲むように照らす月の光が湖に吸収されそれがまた淡い優しい光となって浮上してくる。
 その幻想的な光景に魅入り佇む。

「ん…」

 するとさっきまでピクリとも動かなかったリディアが微かに体を動かす。

「?!」

 光がゆらりと動いたと思うと次々とリディアに光が向かい体がその光の球に包まれた。
 しばらくするとリディアの瞼がゆっくりと開いた。

「んん…ここは…?」

 淡い光の幻想手的な光景に青緑の瞳が魅入る。

「何これ…綺麗‥‥」

 暫く魅入りボーっとしていたリディアも少しずつ覚醒してきたのか顔を上げる。

「ディーノ?」
「ああ、カミル様の使いの蝶に導かれてここに来た」
「体が…回復しているわ」
「!…なるほど、リディアを回復させるために連れて来たのかもしれないな」
「そうね… ん?」
「どうした?」

 リディアが不意にある方向を見る。

「ねぇ、ディーノ、この湖の向こう岸まで行ける?」
「どうした?」
「感じるの」
「!」

 ディーノの目が見開く。

「任せとけ!」

 ニヤッと口元を引き上げると、ポケットから何か道具を出す。
 
「しっかり俺に捕まっておけよ」
「?」

 するとその道具から紐が飛び出し向こう岸の木に巻き付く。

「!」
「行くぜっっ」

 次の瞬間その紐に引き寄せられあっという間に湖の向こう岸に付いた。

「び…びっくりした…」

 あまりに突然の事に驚いたのと、ハードアトラクションにぜーぜーと肩で息をする。

「速さが調節できないのがたまにキズなんだよな、これ」

 笑ってそう言いながら道具を終う。

「で、これからどうすればいい?」

 ディーノの言葉に顔を上げると森の奥を指さした。

「あっちの方向から感じるわ」
「解った」
「えっ」

 リディアを抱き上げる。

「歩けねぇだろ?」

 今のアトラクションのお陰で足がガクガクだ。

「しばらくすれば治る、が、気が急く」

 そう言うと抱きかかえたままリディアが指さした方に向かって躊躇することなく入っていく。
 ディーノは神と共に共存してきた人間だ。
 今までの事を考えるときっとそれは正しいと何か確信めいたものとなっていた。

「ここで止まって」

 リディアの指示に従って止まる。

「降ろして」
「ああ」

 自分で立つと目を閉じる。

「こっち」

 そのまま茂みの中へとづかづか入っていく。

「!」
「聞こえるのね」

 リディアの言葉に頷く。

「カミル様!!」
「っ」

 ディーノが一気に駆け出す。

「無理もないか…」

 聞こえてくる声は『苦しい』『助けてくれ』だから。
 リディアも後を追い、声が聞こえる茂みの奥へ顔を覗かせて目を見開く。

「リディアっっ助けてくれ!!カミル様が!カミル様がっっ」

 大きな岩に張り付き呪詛で緊縛され苦しそうにもがき苦しみ悪神へと変貌しかけているカミルの姿があった。

「近づいちゃダメ!」

(どう見ても触ったらヤバい奴だわ、だけど、光魔法はこういうのが得意分野よね)

 カミルに近づこうとするディーノを急いで止めると、リディアがカミルの前に立つ。

「リディアっっ」
「大丈夫」

 ディーノの肩に手を置き後ろに下がるように引く。

「ここはやっぱりあれよね」
「?」

 リディアがカミルの呪詛に向かって手を翳す。

(イザークの特訓で魔法の流れの感覚はもう覚えている)

「大丈夫」

 今度は自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 深呼吸1つすると、自分の中の魔力を感じる。

(さぁ、行くわよ)

「ピカ――――っとっっ」
「は?!!」

 その掛け声に間の抜けた声を出すディーノの前で光り輝く。

――― パリ―ンッッ

 と、何か砕ける音を聞くと同時カミルが光に包まれた。

「カミル様!」

 その光が止むと同時に、穏やかな表情のカミルが姿を現した。

「はぁ~助かった… ありがとう聖女よ」
「カミル様!!」

 カミルに抱き着くディーノを優しく抱きしめる。

「心配させてすまなかった、ディーノ」
「全くだ、本当に世話のかかる神様だ」

 ディーノの目に涙が浮かぶ。

「でもどうしてこんな事に?」

 リディアの質問にのほほーんとさっきまでの事はもう忘れたかのように笑いながら

「いやぁ、友達の所に行こうとしたら他の神とばったり出会っちゃってね~、いい酒があると言われてそのまま…それでついついあまりに美味しくて飲み過ぎちゃってね~~、そぉしたら水が飲みたくなって湖にふらふら歩いている途中、うっかり誰かが仕掛けていた呪詛に引っかかっちゃって、ははは」
「笑い事じゃないですよっっ、呪詛を仕掛けたやつは誰なんです?」
「それが~引っかかちゃったけど~誰も来なかったんだよね~、だから忘れ物かな~?」
「は?誰かが呪詛かけっぱなしで忘れてどっかいったっていうのか?くそっその術者、呪詛をちゃんと解除しとけよなっっ迷惑な奴っ」
「てことはえーっと、要は酔っぱらって忘れ去れた罠に引っかかっちゃったと」
「ははは、そうそう、そんな感じぃ~」

 のんきにヘラヘラ笑うカミル様。
 呆気にとられるリディアとプリプリ怒っているディーノ。
 そんな感じで和気あいあいと和んだところで本題を持ち出した。

「そうそう、約束通りちゃんと元の世界に戻して頂戴」
「ああ、それなら大丈夫だ、カミル様が送ってくださる」
「え…」

 そこで目を瞬かせる。

「もしかして…、元の世界に戻る方法ってカミル様の力の事?」
「ああ」
「てことは、見つからなかったら永遠にこの世界に居ないといけなかったの?」
「まぁそんなとこだ」
「ダメでもちゃんと受け止めるとか言っといて、最後まで付き合わす気満々だったわけ?!」
「そう怒るなって、見つかったんだし、終わり良ければ総て良しだろ?」
「はぁ?!見つからなかったらヤバかったじゃない!」
「契約内容ちゃんと聞かなかったのはリディアだろ?」
「かぁーっっ」

(この商売人がぁぁああ――――!!)

 ディーノに毛を逆立てるリディアをカミル様がヘラヘラ笑う。

「まぁまぁ、落ち着いて、ちゃんと地上に帰してあげるし、ほら」

 不意にリディアの手の上に小さな玉が乗る。

「これは?」
「何でも治る万能薬、助けてくれたお礼にこれもあげるからディーノを許してやって」
「すげぇっ、これは超レアもレア、すんげぇお宝もんの薬だぞ?!」
「へぇ…」

 リディアは手の中にある玉を手に取る。

「ね、探し当てたのと、神の呪詛まで解いたんだから礼は二ついるよね」
「は?もう一個ねだる気か?!それ超レアもんなんだぞ!」
「あなただって見つからなかったら一生付き合わす気だったでしょ!それならこれぐらい言ってもいいでしょう!」
「ははは、いいよ~、でも今持ち合わせてるのがあと一つしかないからこれで終わりね~~」
「カミル様!そんなっ、俺が欲しい!」

 もう一つリディアの手の中に薬玉が乗る。

「やったー♪」
「お前も商売人絶対向いているぞ?」

 レアものの薬玉を持って喜ぶリディアが不意に頭を擡げる。

「ね、これって帰ったら時間進んでいたりするの?」
「少しは進んでいるかもしれないね~」
「少しか、ならよかったわ…」
「じゃ、そろそろ帰ろうか~」

 カミル様の言葉にディーノがリディアを見る。

「あー、前にも言った通り、何か欲しいものあったら俺を頼れ、何でも調達してやる」
「ありがとう」
「礼を言うのはこちらの方さ、本当にありがとう、リディア…いや、聖女様」

 礼儀正しくディーノがお辞儀をする。

「地上に戻ったら、またウラヌの珍味持って遊びに行ってやるから待ってろよ」
「それは楽しみね」
「あーあと」
「?」

 何か思い出したように口に手を当てる。

「ミクトランが魔に落ちた、かなりひどい有様だ」
「え?」
「ナハルとテペヨもかなりひどい、ナハルでは疫病まで流行る始末でいずれ落ちるのは時間の問題だろう、我が国も聖女が張ったシールドが弱まっているため魔物がここ最近かなり増えている、カミル様が居ない間ウラヌにもかなりの魔物が現れている」
「‥‥」
「城下もちらほら魔物が現れているが、これからもっと酷くなると予想できる、気をつけろよ」

 ウラヌに面するアグダス国に隣接する国々がそこまでひどい状態だったのかと小さな衝撃を受ける。

「一応聖女様だからな、耳にしておく方がいいだろうと思ってな」
「ありがとう、だけど聖女様は止めてね?」
「?」

 聖女になる気もないし、そう呼ばれるのはちょっと気が引ける。

「その、他の人がなるでしょうし…」
「ああ、そう言えばレティシア様が聖女候補に選ばれていたな」

 言葉を濁すリディアにディーノに軽く頷くように頭を下げると、もう一度目をまっすぐに見た。

「じゃ、またな」
「ええ、またね」

 そんな二人を微笑ましく眺めていたカミル様が手を翳す。

「リディア、ありがとう、また今度お茶でもしようね~~」
「ええ、喜んで」

 頷くと、目の前が真っ白になった。