5 話

 早朝、リディアはいつものようにパチッと目を開け、布団からむくッと起き上がる。
 隣にはリオがまだ毛布に包まって眠っている。
 これを見届けるのも既に日課になってきたなと思いながら、ベットからそっと抜け出す。
 この時間帯に裏の木の上に移動しておかなければ、家のどこにいても誰かの目についてしまうのだ。

「うぅ、相変わらず寒いなぁ~」

 でも殴る蹴るの暴行や重労働に比べればはるかにマシなのだ。
 慣れた体の動きでスルスルと木に登るといつもの定位置に座る。
 ちょうど木の葉もいい感じで自分を隠してくれる上、家の中の声も聞こえるから情報も得れて、隠れる場所として超最善の場所なのだ。

「ふぁ~、さてもうひと眠りしよう」

 まだ外は真っ暗。
 本を読むこともできないので、いつもここで2度寝を開始するのが日課となっていた。

「ん…、ふぁ~今日もよく寝たなぁ~」

 今日はいつもより良く寝てしまっていたのか、もう結構日が高い。
 家の中も静かだから義家族は仕事や学校に行き、お手伝いさんも買い物や水を汲みに行ったのだろう。

「っっ、うっぅわぁあ」
「!」

 そんな自分の耳に悲鳴と同時に何か落ちる音を近くに聞き、焦って下を見て瞠目する。

(リオ?!)

 リオが懸命に何度も何度もやせ細った腕で木にしがみつき、私の所まで登ろうとしているのが目に入る。

(ちょ、ちょ、ちょ、どうすれば?!)

 あまりの衝撃にきょろきょろと挙動不審に辺りを見渡す。

(い、一応今は人はいないわね、冷静に冷静にー考えろう考えろぉ自分!)

 リオは木登りに夢中になっていて声が出ているのに気づいていない。
 この分じゃ、誰かが帰ってきたら気づかれてしまう。

(状況をまず整理せねば…)

 もう一度、太陽の高さを確認する。
 この分だと、まだまだ義家族の方は仕事や学校で帰ってこないだろう。
 問題はお手伝いさん達だ。
 私を吊るし上げたくて手をこまねきまくっている。
 居場所が分かれば速攻でチクろうと目を光らせまくっているのだ。
 リディアの分際で仕事を押し付け逃げた恨みをかなり根に持っているらしい。

(お手伝いさん達の今の状況は確か…)

 昨日で肉も野菜も終わったはずだ、ということは買い物に行っていると思って間違いない。
 そして昨晩の夕食時に義妹2号が最近流行りのお菓子の名を口にしていた。
 ということは、今日は帰りが遅いと思っていいだろう。

(あと水の瓶も大分減っていたし、今日は結構往復しないといけないはず…)

「……」

(となれば、しばらくは大丈夫か…)

 ちらりと下を見ると、また木から落ちて尻もちをついているリオがいた。

(この分だと上がれそうにないわね、時間を見計らって私が下りて場所を移動する方がいいわね)

 仕方がないとため息を一つつくと、次の隠れ場所にはリオをまかないとなと考えながら冷静を取り戻したリディアは持ってきた本を開き、いつものように何事もなかったように読みだした。

 次の日も、リオが私を見つけ木登りを始める。

(参ったな…)

 リオにこの場所を見つけられてしまったのはかなりまずい。
 木を登る時間帯も気を付けないと、あの木登りの練習中のリオの上がった息や声で家の者に見つかる可能性が高い。
 頃合いをみては木から降りるしかないが、この分だと家の者が居るときでも木登りの練習しそうな勢いだ。
 そうなったら遠からずこの場所がバレてしまうだろう。
 ここが一番いい場所なだけに、この隠れ場所を失うのはかなり痛手だ。
 ほかの隠れ場所は臭かったり暗かったり、いろいろ問題があるのだ。
 それだけにここは、魔法が使えるまでまだ数年かかるリディアにとっては確保したい場所だった。

――― リオに止めるように言おうか?

(駄目ね、接点を持ってはいけない)

 はっきり覚えていない乙女ゲームだ。
 何がフラグになるか解らない。
 下手に話してフラグ立てられては困る。
 相手はヤンデレ属性だし、面倒だ。

(どうしよう…)

 はぁ~と、ため息を一つつき空を見上げる。
 お日様の位置を確認する。

(今日は早めに下りないとね、確か義妹2号の帰りが早く、お手伝いさんも卵を買いに行っただけだから早いはず)

 一人ならば、このままここにいても問題ないのだが、リオがいることでバレる恐れがある。
 ここはお気に入りなのだが、仕方がない。
 他の隠れ場所で隠れるのは暗いし臭いし本当は嫌なのだが移動するしかない。

(はぁ、長時間だとキツイのよね~)

 暗いと本読めないし、臭いと長時間いるのも苦痛だし、匂いがつくのもいただけない。
 本来は短時間用の隠れる場所にと見つけてあった場所だ。

「はぁ~、とりあえず後少ししたら降りるか」

 昨日は降りた後もリオは私の後について来ようとしたのを撒いた。

(今回は、降りた後リオを少し引き付けないとね)

 この場所からリオを遠ざけないと。

「はー、面倒だなぁ~、本も今日はお預けかぁ~」

 と、ため息をついた時だった。
 自分の居る木の枝に小さな手が掛かる。

「?!」

(うそでしょ?!)

 この木の枝の場所は結構高い。
 ここまで登れるようになるには、それなりに日数が掛かるものだ。
 それが、昨日の今日でここまで辿り着いてしまったのだ。

(そか!身体能力チート設定!流石だわ・…)

 身体能力の高さが発揮された結果だ。
 やせ細った体力もないはずの体なのに、たった2日でこの高さを登りきるなんてあまりの凄さに驚いて呆然としていると、目の前に迫ったリオと目が合い私の顔を見て満面の笑みを浮かべた。
 それと同時に遠くに微かな音を聞いた。

「姉さ――――っ」

 咄嗟の判断だった。
 体に染みついた警戒反応が無意識にリオの登り切りかけた腕をぐいっと引き上げると、背中から抱き締め口を掌で抑える。
 驚いたように目を見開き固まるリオをそのままに、じっと耳を澄ます。

 するとバタバタと足音が聞こえたと思ったら、木の下の窓が開く。
 そこから小さな手がニョキッと出ると、手から何かが窓の外に捨てられる。
 そして急いで窓がパタンと閉じられる。
 それを見るとどうやら人参のようだ。
 食べられなかった嫌いなものを持って帰って、怒られないように誰にも見つからないよう捨てたのだろう。

(やれやれ、焦らすんじゃないですよ)

 それからバタバタという足音が遠ざかり消えた。

「ふぅ~、焦ったぁ」

(こんなに早く帰ってくるなんて聞いてないよ、義妹2号)

 やれやれと木にもたれかかった所でハッと気づく。
 そしてリオからパッと手を放す。

(り、り、リセーットぉおおお!!)

「? あ!」

 木から可憐な速さで降りると、リオを置き去りに去る。いや、逃げる。

(フラグ立ってないよね?立ってないよね?NOぉおおおっぅっ)

 走りながらてんぱりまくるリディアはその日一日暗闇の隠れ場所にブツブツつぶやきながら隠れるのであった。