「くそっ…、こんなところで‥‥」
ここまで力の強い魔物が、こんな街中に現れるとは余りにも予想外だった。
ジークヴァルトが国王代理になってやっと戦乱を治めたというのに今度は魔物騒ぎだ。
お陰で安定するはずの街がまた荒れ始めている。
「役立たずな聖女め…くっ…」
「ジーク‥様、お逃げ‥下さい」
サディアスが体を這いずり、ジークヴァルトの前で起き上がる。
「私が、盾になります‥だから、早く!あなただけは!」
「諦めろ、‥‥悔しいが、お前が前に立ったところで変わりないわっ」
「くっっ」
悔しさにサディアスの顔がゆがむ。
圧倒的な力の差。
今近くの兵士を集めた所で勝つことも逃げることも叶わないだろう。
「こんな、こんなところで…終わりを迎えるなんて…」
「まったくだ!くそっったれがっっ」
魔物の力の上昇を感じる。
もう終わりだ、と、強く握りしめた拳を緩める。
「どきなさい!リオ!命令よ!」
「は、はいっっ」
不意に後ろで女の声を聞く。
そこでさっきの変わった女の事を思い出す。
「って、姉さまっっぅっ」
女がすちゃっと立ち上がると、ずかずかと魔物に向かって歩みを進める。
それを止めようとするもリオも深手を負っていて動けずに手だけが宙を掴む。
「お、おいっ女!何をするつもりだ、辞めておけ」
「そうです、あなたじゃ敵う筈ありません、死にに行くおつもりですか?!」
その言葉に、ピタッと足を止め振り返り指さす。
「それ!」
「?」
何に指摘をしているのか解らず皆怪訝な表情で女を見る。
「全くだわ、私が死ぬのは以ての外、逃げる道もまだ捨ててないけれど、大団円だと死なれては困るってのよ」
「お、おいっ」
急に意味の解らない事をほざく女にポカーンと今の状況を忘れ見る。
また女が前を向いて歩き出した所で我に返り必死に止めに入る。
この国トップクラスの強い魔力と力を持つ二人が敵わなかったほどの魔物だ。
それが痩せ細り切ったか弱い女性などたちまち死んでしまう。
どうみても平民かそれ以下、魔力もないからこき使われたような痩せ細った体。
まだ同じ痩せ細っていてもリオの方がマシだ。
誰がどう見ても敵う筈がない。
その女がずかずかと魔物の前に歩いていく。
「結局、主要なシナリオは逃れられないという事は解ったわ、ならやるしかないじゃない」
「何をしているのです?!無駄な事はおやめなさい!」
そのまま皆の前に堂々と立ちはだかり、大きな魔物と対立する。
ジークヴァルトは目を細め見る。
(この敵を前にして、全く動じてない…?)
「姉さま!!」
「何を…?」
女は魔物に向かって手をまっすぐに伸ば翳す。
「女…魔法使えるのか?」
ジークヴァルトが呟く。
が、女は全く動かない。
「姉さま!!逃げて!!」
「チッ お前、使えないならとっとと下がれ!!」
呪文を唱えるそぶりも見せないで、ただ突っ立つ女と対局する魔物の力が急上昇していく。
皆が焦り声を荒げる中、リディアは考えていた。
(何て‥唱えるんだっけ?うーん、思い出せない)
「いい加減になさい!早くお下がりなさい」
(あー、そういや、皆が助かるように祈ったらピカーってなったのよね)
「姉さま!ダメ!次の攻撃が来るから逃げて!!」
(助かるように真剣には願えないしなー、いや待てよ)
「女!チッ 聞けっっ!!!」
ジークヴァルトが最後の力を振り絞り起き上がろうとした瞬間、リディアが声を上げた。
「ピカー――っと!ほれ、ピカーーーーっと光りなさい!」
「ぴ、ぴか?」
「はぁ?」
「ね・・さま?」
自分には詠唱や祈りが無理だと悟ったリディアは思い出したのだ。
このゲームの作りは雑だった事を。
だったら、何を言っても魔法は出てくれるんじゃないかと。
「おまっ馬鹿か!!」
「下がりなさい!!!!」
「姉さま!!!!」
女が手を翳し馬鹿な言葉を吐いている間に魔物の力が最大限に達す。
リオ達の悲痛な声が凄まじい魔物の力に掻き消されていく。
「このっっ!!くそったれめがっっ」
ジークヴァルトが無理やり最後の渾身の力を込めて立ち上がりリディアに駆け寄ろうとした瞬間だった。
「ほれ、ピカー―――っとぉおおおおおおお!!!」
リディアの体が美しく光り輝いていく。
それと同時に辺りが眩しい程の光で包まれる。
「「!」」
皆が目を疑う。
その目の前の強い魔物が光に包まれていったかと思うとキラキラと光を放ち消えていったのだ。
「な…」
「退けるでなく、浄化した…?」
その光景に瞳孔を見開き、ただただ唖然と見つめる。
辺りからゆっくりと光が消えていく。
リディアの体からも光が消えていく。
「お、おいっっ」
「姉さま!!」
光が消えたと同時、リディアの体がゆらりと揺れ地へと倒れ落ちそうになったのをジークヴァルトが受け止める。
「大丈夫か?」
そんなジークヴァルトの胸がトンと押される。
「?」
そのまままた倒れかけた所を今度はリオが受け止める。
「これで敵ではないと証明しました、てことで、さようなら」
「姉さま…」
もう一度立とうとしたがふらつく。
リオもボロボロの体でそれを支える。
そんな二人を呆気に取られてみていたジークヴァルトがやれやれという様に息を吐いた。
「そんな体でか?すぐに頼みの軍資金も盗まれるぞ?こんな風にな」
「!」
ジークヴァルトの手に長年掛けて貯めたお金の入った袋がジャリっと音を鳴らしてぶら下がっている。
「いつの間にっっ?!」
「先ほどの、牛串代はこちらからいただきましょうか」
「なっ、一国の王子と軍師様でしょう?けち臭い事言わないでくださいってのですわ!」
「それはそれ、これはこれです」
「一応、命の恩人ですよね?私」
「ええ、見たこともない魔法を使っていましたね」
サディアスの悪魔の微笑みを顔に浮かべた。
「とりあえず、色々と、聞きたいことがありますので、一緒に来ていただきましょうか」