61話

「ちょっと起きなさいよ!」
「いつまで寝ているつもり?!」

 耳元でキーキーと喚く甲高い声で目が覚める。

「ん…?」

 いつもなら授業が終わればイザークが優しく起こしてくれるはずだが、目を擦りながら頭を上げると机の周りに聖女候補達が取り囲んでいた。

(今度は一体何?)

 ふぁーっと欠伸をする。

「はしたない!背筋を伸ばしてこっちをみなさい!」
「あなたそれでも聖女候補なの?聖女はこの国の安全や国や民を導く存在、そんな大事な存在であり、大事な授業もいつも寝てばっかり、あなたなんか聖女に相応しくないわ」
「聖女候補3名に絞られた中にあなたみたいなのが居るなんて信じられない」
「大体、あのテストもあの魔物を使って不正を働かせたのでしょう?」
「最低…」

 やんやと悪口を目の前で言われる中、リディアは机に広げていた教科書などを片付けにかかる。

「聞いてるの?!」

 バンッとその教科書を押さえつけ机を叩かれる。

「リディア…、私は貴方を信じたいわ…、だから本当の事を言って」

 フェリシーが手を重ね合わせ潤んだ瞳で見つめてくる。

(はぁ~、自分の言葉が矛盾していることに気づかないのかしら?)

 信じているなら最初の言葉を信じろよと、ため息をつく。

「リディア、私は貴方の友達で居たいの、だから聞いて…こんなこといけないわ」
「そうよ!試験の不正もそうだけど、ジーク殿下にロレシオ殿下、お二人を誑かすなんて以ての外!」
「それに今度はサディアス様まで魔物を使って誑かすなんて最低!」

(!…サディアス?なるほど)

 サディアスの所に行っているのがバレたのかとこの状況を理解する。
 フェリシーがずいっと身体を拝むような恰好で近づく。
 その背後にレティシアが扇子を口元に目元をニヤつかせて立っていた。
 
(あー、レティシアにバレたのか…)

「リディア…、お願い、こんなことはやめて」
「こんな事って手伝いさせられているだけだけど?」
「手伝い…まぁ…」

 そこで呆れたような失笑が沸き起こる。

「リディア、流石にその嘘はすぐにバレてしまうわ…」

 フェリシーも少し呆れた目を向ける。

「いや、ホントなのだけど…?」
「この前の筆記試験で赤点取ったのは誰だったかしら?あなたのような低能な方にサディアス様のお手伝いできることなどあって?」

 クスクスクスと今度は嘲笑うような笑いが起きる。

「リディアったら冗談言ってないで、‥‥そんなに聖女になりたいの?」

 フェリシーが心配そうな表情のまま口にする。
 それに触発され周りがまたやんやと言い出す。

「サディアス様まで魔物の術で虜にして、自分が聖女になるつもりでしょ!」
「あなたみたいな人が聖女になったらこの国は終わりよ!」
「皆、待って、リディアの話も聞きましょう!」
「フェリシーは優し過ぎるのよ」
「お願い」

 フェリシーの言葉で皆が黙る。

「ねぇ、リディア、友達だから言うけれど‥、あなたのテスト…その‥気を悪くしないでね、‥最下位じゃない?そういうあなたがサディアス様の所に行くのは邪魔でしかないと思うの」

 「そうよそうよ」と周りが沸く。

「リディアは軽く考えているかもしれないけれど、サディアス様の仕事はとても大事な大事な仕事で遊び半分でしてはいけないのよ?」

 フェリシーが諭すように続ける。

「適当にしてはいけない仕事なの」
「‥‥えーと、適当にはしてないけど?」
「はぁ‥リディア、そう思っているのはあなただけよ」
「全く馬鹿な子ね」
「いつも授業で寝ている子が何を言っているのやら、お口だけは達者ね」
「フェリシー嬢の様に筆記試験で成績トップになれるような方ならいいけれど、あなたみたいに頭が残念な子には無理よ、サディアス様が気の毒だわ」
「ね、皆もこう思っているの、サディアス様も口に仰らないだけで迷惑に思っているわ、私達は聖女候補だもの、邪魔だとはいえないでしょう?解って、リディア」

(あちゃ~、最下位狙ったのが裏目に出たか…)

「‥‥いや、だから、手伝わされているのは私の方で――――」
「仕事と言うのは責任重大なの、働いたこのないリディアには解らないかもしれないけれど」

 と、働いたこともないフェリシーが真剣に話す。
 前世でバリバリ働いていた32歳だったリディアには中々に薄っぺらく感じて苦笑いを零す。
 そんなリディアを諫めるように睨む。

「笑ってる場合じゃないの!リディア、これは真面目な話よ」
「ホント、計算間違いが起こっては、全てサディアスの責任に問われかねないものね」

 レティシアが合間に入る。

(煽ってきたか)

 いい感じに煽ってくるレティシアに内心でやれやれとため息を零す。

(こんないい流れ見逃すはずないわよね、さて、どうするか…)

 愉快に目をニヤつかせるレティシアをチラリと見る。
 周囲は見事に煽られ感情が激情する。

「! ホントだわっ、やはりリディア、もう馬鹿な真似はやめて、出来ないのは恥ではないのよ?聖女が無理でもリディアにはリディアのいい所がある、そこを伸ばしていけばいいの、そうすれば皆リディアを受け入れてくれるようになるわ、きっと」
「もっとはっきりと言っておやりなさい、フェリシー、でないとサディアスが責任問題問われるのも時間の問題ですわよ?」
「そうね、リディアのせいでサディアス様が大変になってはいけないわ…」

 レティシアにうんと頭を頷かせるフェリシー。
 そうしてリディアを真っすぐ見、フェリシーが口を開き掛けた時、

「いいわね、それ」
「?!」

 リディアの言葉に皆が驚き見る。

「リディア!なんてこと言うの!」
「こき使われてるのはこっちなの、責任はサディアスで当然でしょ」
「あら?ジーク派は情もないモノばかりねぇ」
「そんな事ないわ!リディアだけよ!…ぁっ」

 フェリシーが慌てて口を両手で塞ぐ。

「ふふふ、それが本心なのね、解るわ、こんな子が相手であれば言いたくもなるわよね~」
「…レティシア、でも、ちゃんと話せば解ってもらえると思うの」
「友達思いね」
「私は‥友達として当然のことをしているだけよ」
「フェリシーはやっぱり優しいわ」
「聖女はレティシア様かフェリシー嬢が本当に相応しい」

 皆がレティシアとフェリシーを取り囲み絶賛する。

「でも…サディアスはこの施設を管理していますわ、ジークヴァルトだけでなくサディアスまで取り込まれてはフェリシーも私も聖女になれないかもしれませんわ」
「!」
「そんな…酷い!」
「そんなことあってはいけないわ」

 レティシアの言葉に見事に導かれ皆が怒りを露わにする。

「リディアは聖女候補から外すべきよ!」
「フェリシー嬢がいればジーク派とアナベル派両方が清く正しく聖女試験を競い合う事が出来ますわ!」
「それもそうよね、ジーク派にはフェリシー嬢がいらっしゃる、公平に試験も行えるというもの、リディア嬢は必要ございませんわ」

 扇子をパチンと閉じるレティシア。

「でしたら、早速サディアスの元に―――」
「その必要はございません」

 そこにイザークを連れたサディアスが登場して皆が驚き振り返る。

「サディアス様?!」
「話は聞きました、ですが、掟として聖女候補は途中辞退はできません」
「ですがっ!」
「ですから、この魔物を追い出すことに致しましょう」
「!」

 サディアスの少し後ろに控え立つイザークを目でやる。
 レティシアの口元がニヤリと笑う。
 皆からは歓声が上がる。

「流石ですわ、サディアス様!これで皆安心して聖女試験を受けられます!それに…」

 フェリシーがリディアを見る。

「リディア、良かったわね!これであなたへの批判や偏見も無くなるわ!」

 嬉しそうに満面の笑みで走り寄るフェリシー。
 そのフェリシーがリディアの手を握りしめようと手を伸ばす。

―― バシッ

 その手を強く払い除ける。

「っ?!リディア…?」

 リディアはフェリシーから一歩遠ざかると、そのまま教壇に走りその上に登り立つ。

「何をする気?」
「ちょっとっ教壇に登るなんて!頭おかしくなったの?!」

 皆が口々に叫ぶ中、リディアは懐から母の名が刻まれた美しい小刀を取り出すと自分の喉に当てた。

「なっ」
「リディア!!何しているのっっ!!やめて!!」

 フェリシーが叫ぶ。

「ええ、辞めてあげてもいいわ」
「え…?」

 リディアの言葉に皆が呆気に囚われる。

「それはどういう意味です?」

 サディアスが問う。

「あら?軍師殿ならもうお解りでしょう?ここで私が死ねば聖女試験は続行されるのかしら?」
「!」

 皆が息を飲む。
 聖女候補生から自殺者が出たとなれば試験どころではない。
 それに神聖なる聖女試験だ、汚された中で試験が続行など不可能だ。

「イザークと私を無罪として今のままで居られるのであれば、死なないであげてもよろしくてよ?」

 リディアの言葉にレティシアがギリっと扇子を握りしめる。

「ああ、そうそう、レティシア」
「あなた!レティシア様を呼び捨てに―――」
「いいのよ、発言を許します」

 内情を隠すように扇子を広げ澄ました顔でリディアを見る。

「聖女試験って国最大の重要試験で国中皆が注目しているのよね」
「そうね…」
「私が死ねば1年どころか2~3年は聖女試験は無理でしょう」
「‥‥」
「その間に陛下がお亡くなりなられたら、国王代理のジークが陛下になるかもしれませんわね」
「!」

 ギロッとリディアを睨み見る。

「ああ、国王がお亡くなりになれば、聖女試験はもっと伸びるかもしれませんわ」
「不謹慎な事を!」
「リディア!そんな事口にしてはいけないわ!」
「雑魚は黙れ!」

 リディアのドスの聞いた声に皆が怯み黙り込む。

「この聖女試験の管理を任されているサディアスなら、この要件を飲むわよね」

 続けて言うリディアの言葉に皆がサディアスに注目する。

「そうですね…、飲まざるを得ません」
「レティシア、あなたは?」

 今度はレティシアに注目が集まる。
 レティシアは扇子で隠された口元からギリりッと歯を食いしばる。
 そして苦虫を噛み潰したように渋々口にする。

「致し方ありませんわね…、この件は不問とします」
「レティシア様?!」
「ああ、ちゃんと契約書を作ってサインをお願いね、今すぐに!」

 その言葉に鋭い眼差しでリディアを睨みつける。
 それに対抗するようにリディアもレティシアを睨み返す。

「直ぐに紙とペンを」

 サディアスに命令された兵が急いで紙とペンを持ってくると契約書をササっと手際よく作り、レティシアのサインもしっかりと入れる。

「さ、これでよろしいでしょう?」

 ナイフを手に持つリディアにサディアスが契約書を渡す。
 その内容を確認すると頷く。

「ではナイフをお納めください」
「ええ、イザーク!」

 母の形見のナイフを胸元に直すと呼び寄せたイザークに手を差し出す。
 その手にイザークも手を差し出す。
 皆の前で見せつけるようにイザークの手を取り優雅にひらりと教壇から降りる。
 その光景を誰ひとり文句も言わず黙って遠巻きに眺め見る。

(よし、これでイザークはしばらく安泰ね…)

 契約書をギュッと握りしめる。
 そこでパンパンとサディアスが手を鳴らす。

「さぁ、この件は終わりです」

 サディアスの言葉に皆何も言わず従い、その場を解散した。