21話

「リディア・ぺルグラン‥、亡くなった男爵家の娘か…」

 調書を見ながらゆらゆらと椅子を揺らす。

「やはり、貴族の娘であったか」
「そのようですね、調査法を変えれば、すぐに色々と解りましたよ」

 初め平民と思っていたため、雇い主であるこの紋章の貴族を探していたために見つからなかった。
 彼女が貴族と判明したことで、亡くなった貴族の紋章も探りを入れたら直ぐにどこの貴族の者か判明した。

「彼女の父親は男爵でありながら、伯爵や侯爵にも人気があり、人柄も良くなかなかに有能でもあり将来婿養子にと考えていた方も結構いたようでしたので、思ったよりもあっさりと情報が手に入りました」
「ふん、なるほど、祖父母も両親も亡くして父の妹の嫁ぎ先に貰われて酷い扱いを受けたか…、それであの容姿だったと」
「はい…ですが、少々気になりますね」
「ん?」

 調書をトントンと指で叩きながら、思案するように呟く。

「こういった扱いをされたならば酷い痣があってもおかしくないはず、ですが痩せ細ってはいるものの肌にそういった跡は見受けられません…」
「大方、あの女の機転で上手く交わしたのであろう、何せこの俺達に支払いを押し付けた女だぞ?」
「確かに…、ああ、そう言えば報告で体に傷があるから風呂は一人で入ると、あと、傷が見えないように首元が見えない服を所望したとか…」
「ふむ、父の妹の所に行ったのは10歳か…、ならばその頃に大方痛い思いでもしたのであろう」
「そうですね…、あの容姿で傷跡とは少々勿体ないですね」
「確かに今の聖女候補たちよりよっぽど聖女らしい美しい女だが中身がな…」
「ふっ、聖女の形をした悪役令嬢と言った方がしっくりときそうです」

 サディアスの指の下にある調書をもう一度目にする。

「あの容姿は母親譲りか…、確かこの種族は妖精の様に美しいという噂を聞いたことがある」
「ええ、ですが滅多に人の前には現れないため幻とも言われていますが…、まぁだからこそ一目惚れし娶ったのでしょう、侯爵からの誘いも断るほどですから」

 あの入浴後の彼女の変貌を思い出すと納得だった。

「あと、リオの方ですが、彼もまた中々に面白い調書が上がってきました」
「ほぉ?」
「彼の名は、リオ・ヴルバ」
「!」

 ジークヴァルトが目を見張る。
 それもその筈。
 ヴルバ伯爵はかなり由緒のある名門貴族だ。
 それも代々魔力が凄まじく高く沢山の勲章も手にしていて侯爵にしてはどうかという話も持ち上がっているほどの名門貴族だ。

「そう言えば‥、最近魔力が落ちていると聞いているが…」
「ええ、流石お耳が早い、ヴルバ伯爵の娘が亡くなった事による影響の様です」
「娘?」
「はい、その娘はヴルバ家最強の魔力を持っていましたが身体が弱く、婿を取り、娘の魔力の後を継ぐ子を産ませようとしたところ、魔力の持たない肌の色の違う子が生まれたそうです」
「なるほど、それがリオか」

 サディアスは頭を頷かせる。

「その後、婿養子は怒って出て行き、体の弱いその娘は出産により体調を崩し死に、残されたリオは幽閉された状態で育てられたそうです」
「魔力を諦めきれなかったか…」

 魔力が発動しなければ殺しても問題ない状態を作ったのだろう。

「ですが、リオの住む館は戦乱に巻き込まれ全焼、リオは奇跡的に助かり、引き取り手のいない彼を強欲なリディアの義理父が大金目当てに引き取ったという流れの様です」
「それで『姉さま』か…しかし…」

 サディアスは頷く。

「あの身体能力、リオの父親が誰か、そこは今調査中にございます」
「そのまま調査を続けろ、さてそろそろ行くか」
「そうですね、彼女たちをリビングへ―――っ?!」

 不意に館内が騒がしくなる。
 騒がしくなったのはリディア達がいる図書室の方向だ。

「またあの女、何かしでかしたか?」

 ジークヴァルトが愉快そうに顔をニヤつかせる。

「こんな時に、何をニヤついているのです」
「そう言うお前も目が笑っているぞ」
「とにかく急ぎませんと、逃しては折角の戦力を失ってしまいます」
「ああ」

 そのまま機敏な動きで廊下に出るとリオの悲痛な叫び声が聞こえる。

「どうした?」

 図書室まで近づくと、困惑した面持ちの見張り兵に聞く。

「あっ殿下!今伝達に参ろうと思っていたのですが…」
「いいから、状況を言え」
「はっ!それが突然、男の叫び声でドアを開けたら女の方が倒れていまして…」

 室内のリオの方を見る。
 その腕にリディアが抱かれ意識を失っていた。

「姉さま!姉さま!目を開けて!僕を置いていかないでっっ」
「おい、一体何があった?」

 リオに近づくが、全く自分たちの存在に気づいてないように狂い叫ぶ。

「お願い!目を開けてっ姉さまっっ、僕姉さまのためなら何だってするから!僕が役立たずだって知ってるよ!だから姉さまが折角僕を見てくれたのに…僕に命令してくれたのに…、あれから全然ちゃんと目を合わせてくれないのも僕が…僕が役立たずだからっっ」

 ボタボタと目から涙が零れ落ちる。
 もちろん事実は違う。リオはめちゃくちゃに役に立っている。ただリディアがヤンデレ資質のリオと目を合わすのは危険だと避けているだけだ。

「もっと頑張るから!姉さま!目を開けてっっ僕を見て!!僕に命令してよっっ姉さまっっ!!!」

 完全にいってしまっているリオの様子に、このままではマズいとリディアに手を伸ばした瞬間、気づけばリディアを抱いて距離を取るリオがいた。

「!…」

 全く目で追えなかったことに、リオの身体能力の高さを改めて痛感する。

「やはり欲しいな…」
「それよりも、彼女を何とかしないと」
「ああ、あれも死なせるには惜しい」

 リディアを抱いたリオを見る。
 かなりイッている。
 無自覚の身体能力発揮程、手に負えないモノはない。

「来るなっ!!」

 強く抱きしめ威嚇するように睨みつけてくるリオにやれやれと頭を掻く。
 リオの手にリディアが居る限り、リオを止めるのは難しい。
 それにリディアが倒れパニくったリオは完全にゾーン状態だ。
 この状態だと、リディアの状態も解らないし、触れることも見ることも不可能だろう。
 しかも、リディアは死んでいるのかと思うぐらいにぐったりしている。

(早く何とかしないとこりゃマズイな…)

 ジークヴァルトとサディアスは緊迫した状態に顔を顰める。

(この短時間のうちに何が?いえ、そんな事よりも…)

 リオからリディアを何としてでもこちらに引き渡してもらわなければならない。
 何てったって彼女は魔物を浄化できる魔力の持ち主だ。
 かなりの戦力になるのは間違いない。

「ああ、姉さまはそのなんだ…、お前のモノでいい、だから大事な大事な姉さまを死なせたくないなら医師に見させてはくれないか?」
「死…っっ‥‥・」

 死ぬというワードに酷く動揺するリオに畳み掛ける。

「大丈夫、医師に見せるだけだ、お前の姉さまを死なせないためにな」
「ほんとうか・・・?」

 自分の腕の中のリディアを見下ろすと、ギューッと抱きしめた。

「絶対‥‥?」
「ああ、絶対だ、約束する」
「すぐに医師を呼べ!」

 リオの言葉にサディアスがすぐに反応し、医師を呼ぶ。
 まだ半信半疑なリオにジークヴァルトが誘導する。

「お前が抱いてこっちへ来い、医者に見せる、見せる間も傍についていてやれ」
「‥‥」

 リディアを死なせることに比べたら仕方ないという様にゆっくり頷く。
 ジークヴァルトの後を追い、連れられた部屋のベットにリディアを寝かす。
 かなり顔が青白く、ぐったりしている。
 心配そうにのぞき込む中、医師が現れリディアを診断する。

「どうだ?」
「あーこれはアレですねぇ、魔力を完全に使い切ってしまったのでしょう」
「魔力を?」

 あの図書室で何の力を使ったのかという疑問も沸くが、今はそれどころではない。

「彼女は無事なのですか?」

 サディアスの言葉に医師が頷き、皆ホッと肩をなで下ろす。

「魔力が戻るまで寝ていれば良くなります、ただここまで使い切ってしまっているので目覚めるまで数日掛かることになるでしょう」

 傷や毒などは薬で何とかなるが、魔力だけは回復を寝て待つしかなかった。

「仕方ない、回復を待つしかないな」
「やれやれ、これではまた話ができませんね」

 そして医師がお辞儀をし去った後、リディアの枕元に立ち見下ろす。

「姉さま…」

 抱き着くリオを呆れた面持ちで見つつ、思案する。

「一体何をしでかしたのか…、報告によれば別段、図書室には何の異常もないとの事」

 サディアスはそう言ってリオを見るが、この男が正直に話すわけがない、それどころか自分達と喋る事すらしない可能性が高い。
 もう一度、リディアを見る。
 まだ顔色が青く息苦しそうに息を漏らす。

「…」

 息苦しそうなリディアの首元まで止めたボタンにジークヴァルトの目がとまる。
 苦しそうだと手を伸ばした瞬間、リオが間に割り込み威嚇する。

「心配するな、苦しそうだったから首元のボタンを2、3外そうとしただけだ」
「姉さまに触るなっっ」

 グルルルと全身で威嚇するリオ。

「はぁ…、サディ」

 名を呼ぶとともにリオを捕獲し床に押し付ける。

「は、放せっっ姉さまに触るな!!」
「心配するな、ボタンを外すだけだ」

 やれやれという様に向けた目をもう一度リディアに戻す。
 そして息苦しそうにしているリディアの首元に手をやると、ボタンを一つ、そしてもう一つと外していく。

「んん…」

 ボタンを外したことで少し身じろぐリディアにジークヴァルトが瞠目する。

「姉さまに触るなぁぁあああっっ!!!」
「あっ」

 リオがサディアスの抑えた手を逃れジークヴァルトに襲い掛かる。

「邪魔だっ」

 そんなリオを腕一本で払い除ける。

「ぐはっ」

 床に叩きつけられ痛みに声が漏れる。

「流石は…、ジーク様」

 眼にも追えないあの一撃を腕一振りで払い除けるとは、見事なまでの王者の風格を見せつけられ改めて感服するサディアス。
 そんな二人を他所に、ジークヴァルトはリディアの胸元の服に手を掛ける。

「?どうかされま――――?!」

次の瞬間、リディアの胸元の服をバッとボタンをまき散らせ開く。

「ジーク様?!」
「な、何をっっ」

 開けた胸元を見つめ降ろしていたジークヴァルトの口元がニーっと歪む。

「なるほど、こういう事か… くっ、これは面白くなりそうだ」

 そう呟くと、リディアの首元の徴を見下ろす瞳をギラつかせた。