48話

(たまにはジークもいいことするわね)

 心地よい酔いとくだらないお喋りを楽しんでいると、ジークヴァルトが席を立つ。

「ちょっとしょんべんしてくるから、その間飲み物や食い物足りなかったら勝手に頼んでいいぞ」
「はいはーい」

 席を外すジークヴァルトを気に留めるでもなく残った3人でまた和気あいあいと飲み食いを楽しんでいると店のドアが派手に音を鳴らし開く。
 今まで騒がしかった店内が静まり返り何事かと入り口を見る。
 そこからぞろぞろとガラの悪い兵達が5~6人ほど入ってきた。

「あの、お客様、只今満席でして…」
「はぁ?こいつらをどかせばいいだろう?」
「ですが…」
「俺達を誰だと思っている!平民はさっさとどけっっ」

 リディア達の斜め前方に座っていた客の首根っこを掴み放り投げる。

「いってぇっ何すんだっっ―――ひっ」

 放り投げられた男が怒り歯向かおうとした目の前に剣先が向けられ黙り込む。

「俺達はお前らのために毎日魔物と戦ってんだ、感謝して席を空けるのが当然だろ!何か文句があるか?」
「い、いえ」
「おら!どけっっ」

 他の席に座っていた客も乱暴に椅子から引きずり下ろされる。
 
「これも邪魔だな」
「すぐ片付けますので」
「俺は腹が減ってるんだ」
「あっっ」

 机の上にあった料理も飲み物も乱暴に払い落とす。

「さっさとうまい料理を出せ、酒もじゃんじゃん持って来い!」
「は、はいっっ」
「あ~やっと飯にありつける」
「酒はまだか!」

 どかどかと乱暴に空けさせた席にガラの悪い兵達がどかっと座ると店員が慌てて持ってきた酒を煽る。
 さっきまで賑やかだった店内は静まり返り兵達の声だけが響き渡る。
 面倒なのが入ってきたという様に客たちは大人しくしながら、ちらちら兵達の様子を伺う。

「ぷはーっ美味い!」
「今日のあれは傑作だったな」
「ハーゼルゼット派の肉壁とかアナベル様は容赦ねぇな」
「いやぁー今まで威張ってた分スカーッとしたぜ」
「何見てんだっ!ああん!」
「っ」

 皆一斉に顔を背け目を合わせないようにチビチビと酒を飲む。

(お約束の展開とはいえ、せっかく楽しい気分だったのに台無しだわ)

 リディアは少しムッとしながらジョッキに残った酒を飲み干す。

「あの、すみませんお代わりください」

 近くを通った定員に声を掛けると兵がちらっとこちらを見た。

「お、めちゃくちゃ美人じゃないか、そこの女」
「っ」
「あ?」

 リディアを見た兵の前にスッとリオとイザークが立ちふさがる。

(やっぱりこういう時は頼もしいわね)

 こんな兵如き、この二人に敵うはずはあるまい。
 ジョッキを持ちどうしようとおろおろしている店員を手招きしジョッキを受け取る。

(あとはこの二人に任せておけば大丈夫ね♪)

 二人を他所に酒をぐびっと飲むと食事を続ける。

(この肉料理、ほんと美味しいわ~イザークに帰ったら似たの作れないか頼んでみようかしら?)

「ああん?平民が俺達に逆らおうってか?」
「姉さまに近づくなら殺す」
「ぶっ」

 もう一度酒を飲もうとしたのを少し吹き出す。

(そうだった、殺しかねないわ)

 お忍びでこんな大衆の中、大惨事で注目を浴びるのは頂けない。

(一応殺すな、放り出せと命令しておいた方がいいかしら…)

「アル―――」
「はっはっはっっ姉さまだって?!その肌の色、お前愚民か奴隷か?色白の美人と姉弟なんて有り得ねぇ」
「黙れ」
「それじゃ姉さまが可哀そうだろ、お前のせいで同じように見られちまう」
「え…」
「こんな所で飲み食いできるってことは奴隷ではないか…、だがしかし、平民すらない愚民と一緒に居たら愚民の仲間に見られてしまうだろう?ほら周りを見ろ、お前のせいで姉がどんな目で見られているか」
「‥‥」

(リオ?)

 リオから殺気が消えていく。

「ほら、そこをどけ、俺達といる方が姉さまのためなんだよ」
「私の後ろに」
「!」

(イザーク?)

 佇むリオを除け近づく兵から守るようにイザークがリディアを背に隠す。
 その背が微かに震えている。
 この二人ならあっという間に片付けられる相手だというのに、二人の背に力がない。

(怯えてる?こいつらに?)

「姉さまに近…寄るな…」
「愚民は愚民といろっ、大事な姉さまを笑いものにしたくないのならそこをどけっ」
「っ」

 リオの腹を思いっきり蹴飛ばす。
 いつものリオならこんなの避けられない筈がない。
 ちらりとリオを見るとリオが目をそらす。

(! リオが目をそらすなんて…)

「お前も、どけっ邪魔だっ平民が!!」

 イザークがリディアを庇う様に抱き込む。
 その手が震えていた。

(これは…、盲点だったわ)

 その光景に愕然とする。
 
(彼らの弱点は私だったわね)

 リオにとってもイザークにとってもリディアが一番大事だ。
 自分たちが何を言われようと問題はない。
 ただ、自分たちが居ることでリディアが愚民の様に見られるというのは彼らにとって一番つらいこと。
 リオは肌の色によって愚民や奴隷かと言われている、またイザークは魔物だと忌み嫌われている。
 だからリオだけでなくイザークまでも心に刺さってしまったのだ。

(全く、これじゃ役に立たないじゃない)

「ほら、どけっ」
「リリー、逃げ―――」
「リヒト、もういいわ」
「え…?」
「全く…」
「?」

 イザークが伺う様に怪訝な表情で振り返る。

「どけっ」
「待って!」

 そんなイザークも蹴り飛ばそうとした所でリディアが声を上げる。

「お待ち下さっ」

 止めるイザークの背後から兵の方へひょこっと顔を出す。
 するとリディアの顔を見た兵達が感嘆の声を上げた。

「おおっ、やっぱりスゲ―美人だな」
「美人だなんて…」

 はにかむ様に顔を少し逸らす。
 その表情に兵達の鼻の下がぐんと伸びる。

「平民にもお前のような美しい女も居るんだな」
「一緒に飲もうぜっ」
「何でも好きなもの頼んでいいぞ?おごってやる」
「でも…」
「今日はたっぷり報酬が入ったんだ、遠慮はいらない、さぁこっちへ来い」
「あの…」

 もじもじと体を捩り鏡で研究し練習した一番よくみえる角度、体斜め41度、顔斜め32度の角度を決め上目遣いで兵を儚い表情でおずおずと見上げる。

「どうした?何でも言ってみろ」

 完全にリディアの美貌にやられた兵が優しい声を掛ける。

「その…私だけ…なんて、やっぱり…」
「ん…ああ、こいつらか」

 転がったリオとリディアを庇うイザークを見る。

「私達みんなと一緒なら…その喜んで…」

 うるっとした瞳で見上げるその瞳にズキューンと胸を打たれる兵達。

「案ずるな、こやつらにも飲み食いさせてやる」
「でも…そんなにお金使わせるわけには…」

 ちらりと店員を見る。
 ちゃんと料金を払ってもらえるかとハラハラしている様を見て鼻で笑う。

「はっはっ、これを見ろ」

 ドンっと報酬の金が詰まった袋がテーブルに置かれる。

「今日の働きで報奨金がたんまり出た、俺達は踏み倒したりはせん、そんなことが噂になれば面倒が起きるだろう?」
「‥‥本当に…、いいのですか?」

 俯き加減に悩ましげな表情を見せるリディアに兵達が更に鼻の下を伸ばす。
 はにかみながら淫らな妄想を駆り立てられるように体をくねらせる。

「全く愛い女だな、これだけ金があるのだ、いくらでも飲めばいい、さぁこちらにこい」
「…その…ありがとうございます」

 酔わせてレロレロになったリディアを脱がせ抱く妄想に駆られた兵の手が伸びる。
 その手を交わし、リディアは椅子に足を乗せると机の上に立ち上がった。

「みんな!この兵隊様がいっぱい奢ってくださるって!さぁいっぱい飲みましょう!」
「なっ」

 リディアの言葉に一瞬静まるも怒号の歓声が上がる。

「横暴な兵だと思ったら太っ腹!」
「ありがとうな!兵隊さん」
「こちらにももう一杯追加頼む!」
「お、おいっっうわぁぁああ」

 さっきまで兵隊達の顔色を窺っていた客が一斉に調子に乗る。
 多勢に無勢。
 こうなれば体制は逆転する。
 ギュウギュウに兵達に押し寄せれば剣を出すことだって不可能だ。

(今のうちね)

「行くわよ」

 呆然として座り込むリオの腕を掴む。

「僕なんか放っておいてよ…」

 目を合わせようとしないリオ。
 だが、逃げるなら今しかない。

「リリー、まだレオンが‥」
「あんなの放っておいても大丈夫よ」
「ですが‥なっっ」
「俺も俺もっ!酒くれー♪」
「俺もくれ!!」

 イザークがどんちゃん騒ぎになった人混みに飲み込まれる。

「っあちゃぁ…、まぁ、リヒトなら大丈夫ね」

 まだ座り込んで俯くリオを引っ張り上げる。
 それでもリディアから目を逸らすリオ。

「っったく」

 そんなリディアの周りも人がもみくちゃになる。

(これでは外に出られないじゃない!)

「リオ、私を外に連れ出して」

 バッとリオがリディアを見上げる。
 そのリオの瞳が大きく見開かれる。
 それはあの家から逃亡する時のリディアと重なる。

「姉さまが望むなら、絶対叶えてみせる」

 次の瞬間、リディアの周りはシーンと静まり返っていた。

「え?あ、外??」

 そこで高い窓から外に抜け出したんだと一瞬の出来事で追いつけなかった思考が追いつく。
 そんなリディアに背を向け歩き出すリオ。

「どこに行くの?」
「‥‥さよなら」
「待ちなさい!」

 リオが消えかけたその時、そのリオを押えるように抱き掴む男を見る。

「イザークっ」
「すみません、傍を離れる等あってはならない事なのに…」

 イザークが顔を伏せ、リオを押える体も丸まり覇気がない。

(まったく…)

「なんて様よ…」

 リディアの言葉にリオとイザークがぴくっと反応し蒼白する。

「申し訳ございません…」
「僕…僕…」

 震えあがる二人に深い溜息を吐く。
 その溜息に失望されたと絶望感を抱く二人。

「忘れてたわ」

(この二人の性格とか生い立ちとか立場とか…盲点だったわ…さっさと矯正しとかないとダメね)

 でないと夢のぐーたら生活もおちおち安心して暮らせないというもの。
 相変わらず安定の下衆志向を発揮するリディア。
 意味が解らず振り返る二人にやれやれと肩を下ろす。

「覚えておきなさい」
「?」

 リディアが二人を真っすぐ見つめる。

「自分が動揺する相手は相手にしなくていい」
「ですがっ―――」

 イザークの言葉を止めるようにリディアの瞳が射抜く。

「そんな相手、敵う筈ないの」
「でもだから姉さまを傷つけて…ごめ…な…さ…」

 リオの瞳から涙がボロボロと零れ落ちる。

「だーかーらー」

 そんなリオに声を上げる。

「そんな奴に動揺しない相手が相手すればいいのよ」
「?」

 キョトンとリディアを見る二人。

「動揺すると解った相手は相手がどう言えば動揺するかなんて手に取る様に解るわ、てことはどんなに頑張っても相手の術中にハマるだけ、だけど、逆に動揺しない相手には手を出さない、あとそうね…逆らえない相手には手は出さない、そういう奴ほど強い奴に媚びるのよ」
「……」
「だから」

 もう一度二人を見る。

「今回の場合、私はあいつらに動揺などしないし気にも留めない、リオもイザークもそこで動揺するなら私に頼ればいい」
「!」
「私が無理でリオやイザークが得意な相手なら私は躊躇なく委ねるわ、だってあなた達はその時傷つきもせず何とも思わないはずだもの」

 瞳孔を開きリディアを見る。

「もう一度言うわ、今回の相手なら私は傷つきもしないし、何とも思うこともない」
「っ…でも…」
「自分だけで全てに敵うなんて夢物語描かないでよ?人は全能じゃない、覚えておきなさい」
「!」

 ピシっと指をさすと背を向ける。

「さぁ帰るわよ、私は女で、か弱いの、護衛なくして夜道は歩けないの」
「! 姉さまっ」
「リディア様…」
「うぷっ」

 そんなリディアの顔が分厚い胸板に当たる。

「なら俺様が護衛してやろう」
「ったく、肝心な時にトイレに行ってる野郎に守られたかないっての!!ってっわっっ」

 ひょいっとリディアを抱き上げる。

「ちょっ降ろして!」
「この方が守れるというもの、そんな顔せず空を見ろ」
「え?」

 空には満点の星が輝いていた。

(流石近代社会と違って空気が澄んでいるのね)

 思わず魅入るリディアに優しい笑みを浮かべる。

「今回は邪魔が入ったが、次は楽しい酒を約束しよう」
「ええ、邪魔が入らなければ、ね」

 ジト目でジークヴァルトを見る。
 この男が何も知りもせずここに連れてきたとは考えにくい。
 トイレに行くにもタイミングが良すぎる。

(絶対、わざとよね…)

 情報を得て見回りついでに酒屋に連れてきたなんて事、この男なら十分あり得る。
 リディアの言った条件「逆らえない相手であり強い相手」正しくジークヴァルトだ。
 てことはやはり、ジークヴァルトの余興と問題兵の取締りを兼ねて外に連れ出した可能性が一番高い。
 トイレと言ってどこからかリディア達を見て面白がってたと思ってきっと間違いないだろう。
 何かあったとしても「逆らえない相手であり強い相手」である自分が登場すれば方が付く。

(まったくこの攻略男子、こんなに面倒だったかしら?もっと馬鹿っぽかったイメージだけど…)

 チョロ過ぎる攻略男子の馬鹿さ加減にコントロールを床に叩きつけるぐらいの乙女ゲームだったはず。

(内容どうだったっけ‥?‥‥てかそれより…)

 久しぶりに結構飲んだお酒。
 一難去ってアドレナリンが急速に減り眠気が押し寄せる。
 強い眠気に考える気も失せる。

(もういいわ‥考えた所でこの状況変わらないし…)

 ふあぁと大きな欠伸をする。
 どうせ暴れた所でジークヴァルトも降ろす気ないみたいだしと満天の星空をもう一度見上げると、重たい瞼を閉じた。

(まぁでも…、邪魔が入らなければ良い飲み会だったわ…)

 邪魔が入らなければ、また来てもいいなと心地よい揺れの中夢路へと入っていった。
 そんな自分の腕の中で眠るリディアを見、ふっと笑う。

(俺様の腕の中で呑気に寝れるとはな…)

 普通なら緊張でガチガチになってもおかしくない状況。
 全く気にもせず、あっという間に眠ってしまうリディア。

(それに‥全く気付いていなんだろう、まぁ努々思ってもいないんだろうが…)

 さっきのリオとイザークに言い放った台詞を思い返す。

(あんな殺し文句いわれりゃ惚れない奴などいない)

 リディアにしたら安定のぐーたら生活のための指導だったのだが、彼らには全く違う意味で伝わっていた。
 要約すれば、愚民の肌色を持つリオや魔物のイザークと同等に扱われても構わないと豪語したも同じこと。しかも愚民とか魔物とか関係ない、あなた達を信頼しているの、これからも共に戦い一緒に歩みましょうと言っているようなものだ。

(まぁ、こうなるわな…)

 リオとイザークの瞳がまだ潤みボーっと高揚している。
 人は皆平等など耳に心地いい言葉を掲げるものもいる。
 それは平等でないと思っているから「平等」という言葉が出る。
 鼻から平等に見ていれば平等の「びょ」すら頭に浮かばないだろう。

(何もないから心が打たれる、特にこういった奴らは敏感だからな…)

 本当に迫害を受けている被害者は敏感だ。
 綺麗ごとや耳触りのいい言葉など心に届かないし興味すら持たないだろう。
 それが言葉だけだと知っているから。
 そんな彼らが心を打たれるとすれば嘘偽りない本物の言葉だけだ。
 そして実際に本物の行動をとって見せた者でしか信用などしない。
 リディアは『頼れ』といい、実際守って見せた。
 これが迫害を受け続けた者にとってどれほどのものか計り知れない。
 あげくにあの殺し文句だ。

(こいつにとっては愚民も魔族も逆に地位のある王さえも興味すらないだろうがな…)

「くっ、ほんと面白い奴だ…」

 眠るリディアは言動や行動とは真逆に儚く美しい。
 それがまた面白いと喉を鳴らし笑う。

「もっと俺を楽しませろ、リディア」

 ぐっすりと眠るリディアの額に口付けた。