15話

 きょろきょろと誰もいないか辺りを見渡す。
 静まり返った場所。
 川のせせらぎだけがサワサワと音を鳴らしている。

(ここなら大丈夫そうね)

 自分の横にあるリオが置いていった服を見る。

(まずは着替えないとね)

 と、服を持ち上げるとダラーンと長いズボンの裾が風になびく。

「裾、切っちゃおうかしら」

 長くて織り込んだら嵩張りそうだ。
 でもまぁ、履いてから考えようともう一度ズボンを置く。
 そして自分の服に手を掛け俯いたその目に自分の髪が映る。

(あ…、髪もまずいわね…)

 長く伸びた髪を手ですくう。
 そして後ろで髪を一つに束ね持つと、母の形見の小刀をもう片方の手に持つ。
 その手を髪に近づけた瞬間だった。

「何をしている!?」
「!…っっ」

 声を聞いたかと思って振り向いた時には自分の小刀を持った手首が強く掴まれ焦り見上げた。

「!!!」

 激しく瞠目する。
 その見上げる先にあったのは、真っ赤な髪を靡かせた美しい金色の瞳。

(攻略男子2号!!!)

 この顔は覚えている。
 というのもCMでも宣伝でも、この男が中心だった。
 なのでしっかりと顔は覚えている。
 だけど、こんな設定ないはずだ。

(どうして?こんなところで登場するっての!?)

「ほぉ、俺のこの目を見返すか…」

 そこで、ハッとしてもう片方の腕で自分の首元の服を徴を隠すために引き上げる。

「あ?大丈夫だ、何もせん」

 私の行動が、自分が賊に間違われたと捉えたのか呆れたように息を吐く。

「で、何で、髪を切ろうとしていた?」

 疑う目つきで私の目をまっすぐに見降ろす。

(うわー、見つかっちゃったよ、すっげー睨んでるよ)

 逃げ切る予定でいたため、出会った時の設定を全くしていなかったうっかりさんなリディアがそこにいた。

「ほぉ…」

 睨んでいた目が、感心するように細まる。
 でも、リディアにとってはそんなこたぁどうでもよかった。
 乙女ゲームでありがちな感心を示すシーンなど死ぬほど見てきたのだ。
 しかもフラグ立てる気もないのだから余計にどうでもよかった。

(参ったな―、どうしよう…)

 キョロキョロと目がさまよう中、ふとリオのズボンが目にとまる。

「あの、えと、ちょっとタンマ…いえ、待って頂けます?」
「?」

 怪訝そうな表情をしたまま、ゆっくりと私の手首を離す。

(ありゃ、離してくれたわ、言ってみるものね)

「おい?」

 そのままリオのズボンを履こうとしたところでストップがかかる。

「何故、今、ズボンを履く?」
「えーと、そうそう、俺、男なんっすよー、なのでちょっと待ってくださいね」

 そして何事もなかったようにズボンを履こうとした私の首の横に大きな顔がにゅっと寄る。

「どーこーがー 男だ?」

 目がギラリと光る。

(こ、こわっっ)

「あ、えーと、やだなー、すぐに男になりますんで―――」
「なるほど」

 2号がズボンの下にあった布の晒を手に取る。

「これでか?」
「は、はは、はー、やだなー、それはこの前ケガしたところを巻いてたやつで―、あー、ちょっと待ってください」

 そう言ってまた髪を束ねると小刀を手にした。

「だから切るなっつーの!!女が簡単に大事な髪を切るな!」

 また振出しに戻る。
 手首を掴まれた状態で苦笑いを浮かべながら男を見上げる。

「いや、だから、俺男で―」
「もう、それはいい」

 はぁーっと大きなため息をつくと、金色の瞳がまたこちらを向いた。

「質問を変える、なぜ男に成りすまそうとしている?」
「やだなー、俺、男だって―――」
「どこからどうみても女だろ?」
「いやいや、ほんとにほんと、ホント!」
「はぁーっったく、どこから逃げてきた?今のご時世、男に成りすましたところでお前の細腕じゃ無駄だ、諦めて戻れ、嫌なら修道院にでも行くといい」

 完全に事を把握してしまったようだ。

(まぁ、流石にこれは無理ありすぎるよねー)

 リディアは頭を巡らす。
 2号こと、この国の第一王子、名前は・…忘れた。
 今は名前は問題ないわ。
 名前も覚えてないのかという突っ込みはもはやリディアには必要ないだろう。

(問題は2つね)

 1つは、徴に気づかれない事。
 もう1つは、フラグを立てない事。
 リディアの頭はすぐに一つの結論を出す。

(ということは、逃げるが勝ちよね!)

「あー、すみません、私としたことがうっかり自分が女だったことを忘れてましたー」
「はぁ?」

 私の言葉に呆れたような声を上げる。

「あのー、痛いので離していただけます?」
「ふん、まあいい」
「あざーっす」
「ん?」
「ありがとうございます」
「だが、これは没収する」
「あっ」

 手を離すのと同時にナイフが奪われてしまう。

「ほぉ、これはなかなか良い代物だな、お前これをどこで―――っておい!」

 ナイフを眺める隙に急いでその場から逃げ出す。

(仕方ないですわね・…)

 ナイフを取り上げられるのは少々キツイけれど、今はそれよりも逃げることが先決だ。
 リオの言っていた街中への道へ駆け抜ける。

(とにかく街中で人に紛れれば…そういえば…)

 最初の街中でぶつかるイベントの時、攻略男子3号とも出会うんだっけ?

(まさか、出会ったりして?あ、でも…)

 出会ったとしても、逆に王子を連れ帰る役どころだったはず。
 だったらフラグもたたないし、逃げたい私にとっては逆に味方になる。

(そういえば、王子を探しに来た臣下で、えーっと何か知的系キャラよね・・・)

 知的と言えば参謀とか軍師とかそのあたりよね。多分。
 あれ?そういや第一王子のためだけに嫌われ役を演じた軍師っていう設定あったような。
 このゲームだったかなぁ~?と、思い出そうとするも、ストーリーに興味もへったくれもなかったためこのゲームの内容なんて覚えていない。
 うろ覚え程度に覚えているのは序章と終わりだけだ。
 それも少々自信はない。が、きっと見当はつく。ありがちなストーリーだったから大丈夫だ。
 とはいえ、全くもって攻略男子3号を思い出せない。

(考えても無駄ね、でもまぁ顔を見れば少しは思い出すかも…)

「見えた!」

 街中に何とか逃げ込んだ瞬間。

「捕まーえーた」
「!」

 近く背後に聞こえる低ーい男の声にビクーッと体震わせる。

(ヤバいっ)

 その時だった。

「はぁーやっと見つけました」
「チッ」

 背後の男が舌を鳴らす。
 私の目の前に現れた男を見上げる。

(やっぱり!)

 攻略男子第3号。
 淡い青色の髪を靡かせた、紫色の瞳が王子を逃がさないという目つきで睨む。

(さっきのビンゴじゃない?確か、彼は…ドS軍師!)

 目の前の超イケメンを目の当たりにし確信する。

「こんな所で何を遊んでいるのです」
「別に遊んでいるわけではない」
「じゃ、何を―――」

 二人が言い争いを始める。
 思った通りの展開に、リディアはニヤッと口の端を引き上げる。
 目を引くイケメン二人が言い争いを始めたのだ。
 しかもこの国の第一王子と軍師様だ。
 あっという間にギャラリーがわき始める。

(今がチャンスね!)

 そろーっと気づかれないようにその場を抜け出す。
 そしてそのまま逃げるために駆け出そうとした時だった。
 香ばしい匂いが鼻につく。

「!」

 そこには牛肉の串焼きの屋台がいい匂いを漂わせ、ジュウジュウと美味しそうな音を立てていた。

ギュルルル…

 ずっと緊張で忘れていたが、かなりお腹はペコペコだ。
 美味しそうなその牛串に思わずゴクッと生唾を飲み込む。
 義理家族の元で暮らすようになり記憶が目覚めたこの6年間、燻製の安い固い肉しか口にしたことがなかった。
 久しぶりに見る柔らかそうな牛肉とその香ばしい匂いに心が大きく揺らぐ。

(いけないわ、ここでお金を無駄遣いにするわけには…)

 ジュウジュウとおいしそうな肉が油をはねさせる。
 見れば牛肉と別に特級肉と書かれている。
 今焼かれているのは特級の方だとすぐに解る。
 油の量が違う。
 お腹がまたギュルルルッと鳴る。
 誘惑に負けそうになるが、牛肉はこの世界でもやっぱり高い。
 特級となれば、そりゃもっと倍ほど高い。

(それに・・・)

 早く逃げないとと、背後の今も言い争う二人を見る。

「おや、お嬢さん、こっちにいていいのかい?」

 どうやら一部始終を見ていたらしい店主から声が掛かる。

「あ!」

 閃いたリディアは厭らしい笑みを作ると屋台へ近づく。

「そのすぐに焼けそうなの全部下さい」
「え?でもお嬢さん、支払いの方は大丈夫なのかい?」
「お勘定はあそこで言い争ってる二人が払ってくれます」
「ああ、何だあの二人の従者か、あいよ」

 焼き上がった10本の串が包まれる。
 ゴクッとつばを飲み込み、その包みを受け取る。

「ありがと、おじさん」
「まいどあり!」

 その包みを手に、リディアは人混みへと姿を晦ました。