33話

 講義室に入ると、ざわついていた室内がシーンと静まり返る。
 さっきのジークヴァルトの件といい、隣りにイザークが居ることが要因だろう。
 イザークが椅子を引く。
 注目を浴びる中、何事もないように腰掛ける。
 遠巻きに見ている聖女候補生達がボソボソとこちらを見ながら話しだす。

「リディア様、こちらが教科書にございます」

 イザークが手にしていた本を机へと並べていく。

「そろそろですね」

 聖女候補生達も皆、席につきだす。
 皆の横には執事やメイドがぴったり寄り添う。
 事前にイザークから説明を貰ったが、聖女候補生というのは聖女になれなくとも選ばれただけで名誉なことらしい。
 聖女だけでなく、聖女候補生は国の宝とされている。
 そんな存在を貴族が放っておくはずがない。
 聖女候補生は白魔法が使えるものに出る徴により選ばれる。
 お陰で貴族たちはこぞって白魔法を使える子を探しまくった。
 そして養子に迎えまくったために、白魔法はお貴族様しか扱えないような存在になった。
 なので、平民が聖女候補生になることはほぼないと言っていい。
 そのため平民用の宿舎は一つだけ残し、後は物置部屋となっていた。
 そういうわけで、貴族達は徴が出た聖女候補生を、それはもう大事にされるとか。
 そう扱う事で自分の権威を高めるのだ。
 教室内を見回しても解る。
 皆ガッチガチにブランド物で固めた服、相当値がするだろう装飾類、身内である貴族も気合が入っているのが見て取れる。
 そして、国の宝になったお嬢様方は身の回り全て執事やメイドに任せ、優雅にただ座るだけ。
 リディアももちろんイザークに任せているわけだ。

カツンカツンカツン‥‥

 教室に届く靴音と共にドアが開いた。
 そこには如何にも聖職者な美しい男、先ほども見た枢機卿オーレリーが居た。

(枢機卿自ら教壇に…、国の宝である聖女候補生相手だからか)

 本当に宝の様に扱われているんだなと思っていると、枢機卿オーレリーがこちらを向いた。

「?」

 そのままこちらに向かって歩いてくる。
 どうしたのかと見ていると、目の前で足を止め首元をじっと見つめる。

(ああ、私の徴が違うからか…)

 人にじっと見られるのは居心地悪いなと思っていても相手は枢機卿だ、大人しくじっとしている。

「…り」
「?」

 オーレリーの目尻が下がる。

「あなたが殿下に連れられてきたリディア・ぺルグラン嬢ですね」
「はい」
「私は貴方様を歓迎しますよ」
「?」

 教室内がざわめく。
 偽物と言われているリディアを枢機卿が歓迎すると言ったのだ。

「お言葉ですが、彼女の徴は他と違いますわ、偽物を歓迎するなど枢機卿が口にするのはどうかと…」

 レティシアが代表するように口にする。

「徴の形は問題ではありません、徴が出ることに意味があるのです」
「では彼女のが本物である可能性があるとでも?」
「ええ、もちろん」

 さらに教室内がざわめいたところでパンパンと大きく手を叩き鎮める。
 オーレリーが教壇に立つとスッと背筋を伸ばした。

「もう私の事はご存知でしょう、今日から私が聖女候補生の講師を務めさせていただきます」

 そこから簡単な受講内容の説明など紹介程度で終わった。
 こうして聖女試験に向けた授業が始まった。

「あぁあ~五臓六腑に染みわたるわ~」

 イザークの淹れたお茶を噛み締める。

「お疲れ様です」
「あーもう少し右」
「ここですか?」
「そこそこ、あー気持ちいい」

 肩を揉んでもらいながら寛ぐ。
 あれから数週間が経った。
 聖女候補生は、それなりの貴族ばかり。そのため、家で予め家庭教師なりをつけて余念なく勉強してきている。
 リディアは小さい頃は家庭教師は居たが、義理家族の元では奴隷生活だったためもちろんついていない。
 それに一般常識のマナーぐらいまでは解るが、王宮での礼儀作法とか、魔法については知識は皆無だ。
 お陰で付いていくのがやっとな上、空いている時間は王宮図書室で知識を得るため力を使い、夜はイザークとの魔法の特訓も続けている。
 しかも、落ちこぼれと知るや否やレティシア筆頭に嫌がらせやら何やら色々やられ、講義が終わり部屋に戻る頃には身も心もボロボロ状態、その上で力を使ったり特訓までしているためイザークのお茶とマッサージはリディアにとって最高の癒しタイムとなっていた。

「もういいわ、ありがとう、あとおかわり」
「はい」

 お茶のお代わりが置かれる。
 怠そうに手をカップに添えかけたところで、イザークの手がまたカップに置かれる。

「お手を上げるのもお辛そうです、ここは私が…」

 そう言って、イザークがカップを持ち上げるとリディアの口元に近づける。

「ゴクッ‥ はぁ~楽だわ~~~」
「ふふ、では、次はケーキを」
「はむっ はぁ~美味しぃ~~~」

 何もせずとも口に運んでくれる楽さに幸せを感じながらモグモグと口を動かす。

(やっぱイザーク優秀~~~)

 お茶のタイミングもケーキを口に持ってくるタイミングも絶妙で、食べさせてもらっているのに違和感ない。

(うむ、やはりイザークは連れて行こう)

 いずれ逃亡する予定は変わらない。そして夢見るぐーたら生活にはイザークは持って来いだと相変わらずクズ思想な思いに耽る中、腰にドンッと何かがぶつかる。

「姉さま―――っ会いたかったよぉっっ」
「っ、リオ様」

 イザークが零れかけたティーカップを抑える。
 そんなイザークをひと睨みするとギュッと腰に抱きつく

「はぁ~~、姉さまの匂い…」

 酔い痴れるリオは、もちろんリディアの中でリセット処理されている。
 そんなリオだが、毎日1度はこうして現れては暫く抱き着いて姿を消していく。
 イザークも慣れてはきたが、リオは気配が全くしないので訪れるときだけは少し焦るを繰り返していた。

「姉さま、肌がすべすべで気持ちいい…」

 イザークの手入れのお陰でリディアのやせ細った体も大分と戻ってきている。
 髪も艶も出てきて、更に見た目は聖女感を増していた。
 そんなリディアに頭を擦り付ける。

(あら?筋肉付いてきた?)

 自分に抱き着く腕が日に日に太くなるのを感じる。
 ちらりと目でやるリオは逞しい体付きになってきている。
 普通の人間なら、こんなに早く変化しないだろう。その変化に少し驚きつつ、これもチート能力故かと感心する。

「やばっ、もう行かなきゃ…姉さま、待っててね、僕すぐ強くなって姉さまをここから出してあげるからね」

 そう言うと、スーッと姿が消える。

「相変わらず、リオ様は凄い身体能力でいらっしゃいますね」

 イザークは今リオが居た場所を見る。
 全く気配を感じさせなく現れ消える。
 毎回目を見張ってしまう。

「まぁね、でも私にはイザークも十分凄いと思うわ」
「私がですか?」

 炊事洗濯掃除にと家事を熟し、リディアの世話にこうしてお菓子も毎回工夫を凝らして作り、更に勉強や魔法の特訓にも夜遅くまで付き合ってくれる。本来メイドが数名いることで分担してすることを一人でやっているのだ。なかなか出来ることではない。

「しんどい時は言ってね、たまには休んでもいいわよ?」
「ありがとうございます、心配には及びません、これぐらい私にとっては大した事ではありません」
「無理しないで」

 リディアの言葉にイザークが嬉しそうに目尻を落とす。

(リディア様はお優しい、この魔物の私にも優しく労ってくださる…)

 もちろん違う。
 イザークに倒れられると困るのだ。
 どこまでも自己中心なリディアだった。

「大丈夫です、本当に無理はしていません、むしろ…」
「ん?」

 リディアがキョトンと傾げ見る。

「その、もっと甘えて下さると嬉しいかと…」
「え…?」

 今現在も、肩揉ませたり、食べさせて貰ったりと甘えまくっている。

「結構、甘えていると思うけど?」
「全然、でございます」
「え?」

(?? イザークにとってはこの程度全然甘えてない部類なの?いや、気を使って…?)

「リディア様は、この様な境遇なため遠慮されているのかもしれませんが、どうぞもっと甘えてください、我侭も言ってください」

(やっぱり甘えてない部類なのか… てか、お嬢様って皆もっと我侭なの?)

 そういえばあの義理家族はかなりわがまま放題だったなと。奴隷の様に扱われていたせいか、甘えたり我儘が普通のお嬢様より少ないのかなと言う所に思い至る。

「…わかったわ」

 リディアの言葉に、また嬉しそうにほほ笑む。

「お茶が冷めてしまいましたね、すぐに淹れ直しますので少々お待ちください」

返事したものの、他に何か甘える事や我儘言いたいことなどあるだろうかと考えると難解になる。

(まぁそのうちでてくるか…)

 気楽にそう思い直す。
 きっとイザークの感じからすると頼りにされていないように感じているのかもしれないと、お気に入りになったイザークを手中に収めるべく自分が思いつく時は頼ることに決めるリディアだった。