76話

「もうすぐ時間ね‥‥」

 あの後またリオも詮索に戻ったというのに、見つけたという報告が来ない。
 見つけられなかった場合を考え、行商人がやってくることを想定してリディアとサディアスは館に残った。

「どうしてこうも見つからないのでしょう…、こんな田舎で目立つ格好だというのに…」

 リディアもそこが腑に落ちていなかった。
 そんな目立つ格好ならすぐに見つけられると思っていた。
 行商人がヴィルフリートと接触する前にここに到着すれば簡単に事は終わると思っていたのだ。
 なのに、全く見つからず、一人は死体で見つかるという謎だらけだ。

(この乙女ゲーム、こんなに難解だったっけ?)

 設定が雑でよくあるパターンのシナリオオンパレードだったはず。
 しかも内容は安直で、そんなゲームシナリオなら、すぐに見つかり主人公のお陰だ!ありがとう!的な展開で終わっていてもおかしくない。

(前から少し気になっていたけど…、思ってたのと違うというか…)

 攻略キャラもそうだ。
 お花畑主人公にコロッコロ簡単に落ちた筈なのに、そんな感じがあまり見受けられない。
 確かにそれなりに好感度は上がったとは思うが、コロコロ感がない。おいおいコロコロ感って相変わらず下衆な思考を巡らすリディアは頭を傾げた。

(何ていうか、馬鹿っぽくないのよね…)

 イラストはカッコいいのにコロコロ絆されて『残念なイケメン』という印象だったというのに。

「そろそろ行きましょう、見つけられはしませんでしたが、彼らなら入る前に仕留めてくれるでしょう」
「それもそうね」

 行商人はここに来るのだ。
 見つけられずとも、門に待機したリオとディーノが居れば入る前に仕留めてくれるだろう。
 そう思い、サディアスと共にヴィルフリートの所へと向かうためドアを開けようとした時だった。
 外が異様に騒がしくなる。
 サディアスと顔を見合わせる。
 急いで外に飛び出すと、使用人が駆けつけてきた。

「大変です!ヴィルフリート様がっっヴィルフリート様が突然お倒れになって!!うっ‥‥」
「おいっどうした?!」

 使用人が不意に倒れる。

「大丈夫?!」
「っ、いけませんっ!」

 倒れた使用人に手を差し伸べようとした瞬間、サディアスが自分の腕の中にリディアを抱き込むと自分の口元も袖で塞いだ。

「疫病の症状に、感染したらすぐに眩暈の症状が起きたと報告にありました」
「!」
「急ぎましょう」

 腕の中で頷くと、あらかじめ用意していた布を口と鼻を塞ぐように巻きながらヴィルフリートの所へ急ぐ。

「!」

 ヴィルフリートの所へ近づくにつれ、あちこちで使用人が倒れている。
 その中には顔や腕が紫色に変色している者がいた。

「これは…」
「父上っ」

 サディアスがリディアを置いて走り出す。

「サディアス!」

(あのドS軍師が血相を変えて駆け出すなんて…)

 周りの倒れている使用人たちが目に映る。
 見るからにかなり危険な状態と解る症状だ。
 最初にヴィルフリートがうつされている可能性は高い。
 となると、すでにかなり危険な状態だという事だろう。
 それは解るが、家族を思って駆け出すサディアスと言うのが余りピンとこず少し戸惑う。

(あーでも、スチルでは父を思ってだったわね)

 サディアスにとっては父は特別な存在なのだろう。

「とにかく急がないと…」

 リディアも必死に後を追う。
 目に次々と映り込んでくる先程まで元気だった倒れ込む使用人たちの症状に疑問が沸く。

(こんなに進行が速いの?異常だわ…、それに、どうして?)

 リオ達が門で見張っていたはず。
 なのにどうやって中に入ったの?
 浮かぶ疑問に頭を振る。

(それよりもヴィルフリートね…)

 ヴィルフリートが死ぬという事は、サディアスの問題解決ならずという事になる。
 そうなると大団円もおじゃんだ。
 それだけは絶対避けたい。

(絶対、死なせない!!)

「父上!父上!お気を確かに!!」

 サディアスの叫ぶ声が聞こえる。
 その声のする部屋へと飛び込むと、その惨劇に息を飲む。
 そして目線をヴィルフリートに移したその目が見張る。
 ヴィルフリートの身体が既にかなり変色していた。

「くそっ、回復薬も効かないとはっっ」

 すでに飲ませた後の空の回復薬がサディアスの手の中にあった。

「解毒剤はないのか!!」
「行商人が持っていると思われますが逃し…うっ」

 使用人がまた倒れる。

「口と鼻を布で塞げ!すぐに行商人を取り押さえろ!!」
「サディアス様!大変です!火がっっ火がっっ」

 バッと外を見ると館の外から炎が燃え上がる。

「この時間がない時にっっ」

 サディアスの周りに大きな魔法陣が浮かび上がる。

「皆、息を止めろ!一気に火を消します」

 そう言うや否や大規模な水がうねり館を覆う。
 一瞬で炎が消え去る。
 そのまま派手な音を鳴らして水の塊が形を崩す。

「ぷはーっっ」

 水中から出て息を吸う。
 その目にまた火が上がらないように水の壁が出来ているのが映る。

(流石ね…、この状況で次を考えるとか…)

「父上っっ!父上っっ!!!」

 サディアスの悲痛の叫びに我に返る。

(いけない、このままでは‥‥)

 ヴィルフリートが死ねば大団円にはならない。
 すくっとリディアが立ち上がる。
 水びたしになった館、そして感染しあちこちで人が倒れるその惨状を見渡す。

(これを助けるには、やはりこれよね)

 リディアがすっと手を上げる。

「?」

 その動きに気づいてサディアスがリディアを見上げる。
 するとリディアの体が美しい光に包まれていく。

「!」

(火をつけたという事は、まだ外までいっていないわよね?なら、この館全体をイメージしよう…)

 その光が辺り一面に広がっていく。
 そして更に美しくリディアの周りを光が纏う。
 まるでそれは女神の様でサディアスは息をするのも忘れ魅入る。

(そろそろいけるわね、イザークとの特訓が役に立ったわ)

「では、コホン」
「?」

「ピカー―――――っと!」

 その言葉にサディアスがよろけるも、辺りがカッと眩しく輝く。
 そしてゆっくりと光が落ち着いていく。

「‥‥ん」
「父上!」

 あちこちで倒れた人たちが起き上がる。

「あれ?身体が治ってる」
「てか、前よりも体調良い感じね」

 皆が驚いたように自分の体を見る。

「本当だ、力が漲っている」

 ヴィルフリートも体を起こし自分の手を見る。

「良かった…、よくぞご無事で‥‥」

 珍しくサディアスの目が潤んでいた。

「姉さま!仕留めたよ!!」

 そこにリオ達がやって来た。

「いやぁ、俺もうっかりうつっちまったからリディアのお陰で助かったわ」

 ディーノも頭をポリポリと掻きにへらと笑いながらやって来た。

―――― ドサッ

「姉さま、こいつだよっ」
「なんでか知らねえけど入る時は解らなかったが、出て行く時は解ったから何とか捕まえる事ができたよ」

 そう言って行商人二人を目の前に突き出した。

「息はありますね、あの光で疫病も消えている、これはなかなかにいい獲物を捕らえてくれました、後こちらは…」
「やはりアナベル派か…」

 ヴィルフリートが男の剣の紋章を見る。

「ああ、それとコレ」
「‥‥」

 サディアスがディーノから受け取った紋章。

「これをどこで?」
「もう一人の行商人の死体から拝借した」
「なるほど…」
「この紋章と違うわね、それもアナベル派の?」
「いいえ…」

 そこで口を閉じる。

「隠さずともよい、どうせすぐに解る事、これは我が紋、ヴェストハウゼンの紋」
「!」

 驚き見る。

(てことは、身内がヴィルフリートを狙ってたという事?)

「父上がいいのなら、いいでしょう、お話し致します」

 サディアスがリディアに向き直る。

「どうしてここクルルに父上だけが居るのか、これだけ聞けば聡いあなたならある程度察しが付くでしょう?」
「!‥‥そうか、侯爵なのにこんな田舎で敵国と隣り合わせの地に居るのはおかしい、つまり、農民出のヴィルフリートはヴェストハウゼン侯爵家から煙たがられているという事ね、…って、ヴェストハウゼンとアナベルが手を組んだってこと?!」
「これだけでそこまで考えに至るとは流石です、そう父上はヴェストハウゼンからも狙われているのです、そこをアナベルがそそのかしたのでしょう」
「なるほど…、ん?でも、ヴェルフリートは現国王の腹心…、煙たがられていてもヴェストハウゼン側からしたら美味しい部分もあるんじゃないの?殺す必要がないと思うけど…」
「ヴェストハウゼンは、かなりの名家、言うなれば完全な貴族志向なのですよ」
「そか、農民出がどうしても許せないのね」
「そういうことです」

 根っからの貴族志向、しかもかなりの名家となれば結婚相手もそれなりの者でないと認めはしないだろう。
 そんな中、娘が恋に落ちた相手が農民出のヴィルフリート。
 本来到底認められる筈のない二人が結婚したのは国王の腹心で王の後ろ盾があったから、それで結婚を飲まざるを得なかった。

(だけど、排除をどうしてもしたかったという事か…)

「だけどよ、どうして殺されてたんだ?」
「そうよね、アナベル派と仲間割れした理由って…?」
「それは私が居たからでしょう」
「?」
「私は母親似だと言ったでしょう?」
「あ!」
「もう察したようですね」

 サディアスが頷く。

「本家は母をそれはとてもとても大事にされていました、子供たちの中でも母は特別で、最も愛し大事に育てられた方でした、その母と瓜二つの私が本家の標的になることはありません」
「だから、サディアスにも感染し殺しかねないため、計画を中止しようとしたのね」
「それで仲間割れでアナベル派のこいつに殺されたと言う所か」
「おそらくそうでしょうね」

 村中、サディアスがお嫁さん連れてきたと知れ渡ったから、そこでサディアスが来ていることを知ったのだろう。

(お嫁さん… そうか!)

「情報共有だけじゃなく、敵が誰か見定めるため…、だから私を‥お嫁さん連れてきたという噂を広めたのね」
「まぁ、そういう所です」

(最初から言ってよ~、まぁお家騒動はそうそう明かさないから仕方ないか…)

「それより、どうやって入ったの?気配は全くなかったのに…」

 リオがボソッと呟く。

「そう言えばどうしてだろう?」
「ん?」

 くたばった男の懐をいつの間にか探っていたディーノが何か見つけたのか取り出す。

「これは…」

 ディーノの手にしていたのは魔法石と、宝石のような不思議な色の石。

「魔法石は疫病の進行を早めるために使ったのでしょう、しかしこれは…見たことのない石ですね」
「ふむ、宝石とも違うような…」
「ディーノ、貴方これ知ってるの?」
「ああ、なるほど、これで合点がいった」
「?」

 皆がディーノを見る。

「これはウラヌに住む獣の目ん玉だ」
「!」
「どうしてそんなものを?」
「この目ん玉には姿や気配を消す効果があるんだ」
「! …なるほど、それで館に入れたのか」
「それはおかしい」
「リオ?」
「帰りは気配が解った」

 そう言えばこれを持っているなら帰りも気づかれず去れたはずだ。

「どうして帰りは気配や姿を消せなかったのでしょう?」
「それだが…」
「心当たりが?」
「この目ん玉の効果が無くなっているんだ」
「え?」
「もしかしたら、リディアのあの光で目ん玉の効果が消えた…?」
「!」

 リオがハッとして口に手を当てる。

「確かに、あの光の後で気配を感じ捕まえた…」

「全てを消し去り浄化する、まさに聖女だな」

「!」

 ヴィルフリートの言葉に皆が一斉にリディアを見る。

(まずいっ)

「ヴィルフリートさんてばお口がお上手で…、というより、皆無事でよかったわぁ、これで一件落着ですわね」

 急いで話を逸らす作戦に出る。

(そりゃ、あんなの見せられたら普通思うよね、すっかりそういうの忘れてたわ)

 そんなリディアをヴィルフリートがじっと見ると深々と頭を下げた。

「ああ、これもリディアさんと言ったか?あなたのお陰だ、礼を言う」
「そんな頭を上げてください!」

(‥もしかして、フォローしてくれた?)

 ヴィルフリートが頭を上げる。

「この事は、口外しないように致しましょう」
「っ、…はい、できれば」

(やはりフォローしてくれたんだ‥、流石サディアスの父親ね、察しが早い)

「どうしてです?」
「こんな神のような素晴らしい力なのに?」
「これを知り、また要らぬモノに狙われるやもしれぬ」
「! そうでした!アナベル様だけでなくヴェストハウゼン一族にも漏れたら大変です!」
「解りました!決して口外いたしません!!命の恩人を危険な目に合わせるなんてできませんから!」
「安心してください!リディア様!」
「あ、ありがとう…」
「ただし、いつどこで漏れるやもしれません、これからは身辺にお気を付けください」
「はい、気を付けます」

 ヴィルフリートや使用人達がここまで言うのは、こんなバイオテロをするぐらいの一族だ、今までも色々あったのだろう。

(‥‥あれ?一族‥‥)

「それでは私達はそろそろ」
「もう帰るのですか?!」
「本来、里帰りするほどの余裕はなかったのです、早く帰らなくては‥、仕事も増えましたし」

 転がる男達を見下ろす。

「リディア殿、この命の恩忘れません、何かあればいつでも頼るといい」
「‥‥」
「どうしたんだ?リディア?」

(ああ…、そうか、よくあるパターンを見逃していたわ)

「…貴方の息子が私の命の恩人です、なのでお気になさらずに」
「!」
「どういう事だ?」

 皆がサディアスを見る。

「本当にあなたと言う人は聡明で…」

―――― 美しい

(昨日の私が飲もうとした水を一口飲んだのは毒見だったのね…)

 サディアスは『本家』と言った。そして使用人たちは『一族』と言った。
 最後にヴィルフリートが『どこで漏れるか解らない』と言った。
 アナベル派はもちろん、サディアスの本家はヴィルフリートを。そして一族はサディアスも含めて殺害しようとしている。本家にはサディアスの母は愛しい我が子だが、一族にとってはただの本家の娘だ。そういう事だろう。
 そのサディアスの嫁と噂され、しかも位は『男爵』だ。
 私も狙われていた可能性もあったという事。
 最後のヴィルフリートの『どこで』はきっと、こんなに和気藹々とした和やかなこの屋敷の中でも、どこに潜んでいるのか解らないという意味だろう。口外しないと言いながら『どこで』と言ったのだから。

「見落としてたわ、やっぱりあなたは軍師様ね」

 サディアスがニコリと笑う。

「人を信じる事はできませんが…あなたを見ていると信じてみたくなる」

――― ジーク様の掛けにのってみるのも悪くないかもしれない…

「信じなくていいわよ」
「ふふ、そういう所、結構好きですよ」
「姉さま!行こ!」

 リオが不機嫌そうにリディアをグイっと引っ張る。

「リオッ!…あ、それでは!!」
「またいつでも遊びに来られよ、歓迎する」
「ありがとうございます!」

 そのままリオに連れられディーノと3人先に部屋を後にする。

「それでは父上…」
「息子よ」
「?」
「あれを落とすのは難解ぞ」
「!」

 父ヴィルフリートの言葉に目を見開く。
 そしてふっと笑う。

「それぐらいでなくては我が妻は務まりませぬゆえ」

 ヴィルフリートもふっと笑う。

「親子揃って厄介な相手を選ぶとはな…」

 そう言うと、息子サディアスを見る。

「ここは大丈夫だ、自分の使命をしっかりと果たせ」
「はい、では… 父上もお気をつけて」

 父ヴィルフリートが頷くのを見ると、サディアスは颯爽と部屋を後にした。