70話

 激しく揺れていた馬の背が止まる。

「追手は撒けたようね」
「ああ、フェリシー様のお陰だ、ありがとうございます」
「いいのよ、それじゃ、ここで降ろして」
「え?」
「あなたはこのまま逃げて、私はここで迎えを待つわ、あ!そうだわ」

 フェリシーがポケットから袋と身に着けている装飾品を外す。

「これを持っていきなさい」
「っ…いいんですか?」

 渡された金貨や装飾品に目を瞬かせる。

「ええ、これだけあれば暫く暮らせるでしょう?その間に職を探して真っ当に働けばやっていけるわ、人の履歴を問わず人種を問わないで雇ってくれる方も居ると聞くわ」
「ありがとうございます!‥‥ですが」
「? どうしたの?」
「まだ俺を探した役人たちがあちこちに…、お願いだ!もう少しだけ一緒に居てくれないか?」
「え…」
「役人たちの捜索が少し落ち着くまで、どうか一緒に居てくれないか!でないと、見つかればすぐに殺されてしまう…」
「まぁ!‥‥そうね、まだ危険ね、解ったわ、もう少し一緒に居て守ってあげる」
「ありがとうございます!何てお優しい!天使のような方だ!」

 フェリシーの手を取り頭を下げる男にニッコリとほほ笑む。

「でも役人にも見つからない安全な場所ってどこかないかしら…」
「‥‥、実は密国した時手助けしてくれた人が居る、その人の所に行って話をしてみるよ」
「それはいいわね」
「じゃ、しっかり掴まって」
「うん」

 また馬を走らせる。
 しばらくした所で路地裏に馬に乗せたフェリシーを隠し、男が少し待っていてくれと表通りへと駆けていった。
 暗い夜の路地裏で一人待たされるのは心細く、心の中でユーグや友達が駆けつけてくれないかと期待するも辺りは静まり返ったままだ。
 怖くて思わず自分の身体を抱き寄せると、男が帰ってきた。

「待たせたな」
「大丈夫よ」

 男が戻ってくると馬に跨る。

「色々手配してくれることになった、とにかく手配してくれた家に急ごう」
「解ったわ」

「入り口は小さいけど、中は結構広いのね、部屋もいっぱいあるわ」

 連れてこられた家に入り辺りを見渡す。
 古いが中は広く幾つもの扉があった。

「今夜はここに泊まろう、さ、こっちに来て」

 男の後に続き2階へと上がると部屋の一室に案内された。

「ここはベットにシーツもちゃんとあるのね」
「ああ、ここで休んでくれ、疲れただろ?」
「でも、私そろそろ――――」
「フェリシー様」

 男が膝をつきフェリシーの手を両手で握りしめる。

「今日は本当にありがとうございます!あなたは本当に素晴らしい女性だ!」
「そんな…、私は人として当然のことをしたまでよ」
「いいや、こんな事なかなか誰にもできない、俺はフェリシー様に出会えて本当に幸運だ、感謝してもしきれない」
「そんな、やめて?さぁ、立って、‥えーと」
「ああ、俺の名は‥シモンだ、フェリシー様」
「シモン、さぁ、立って」

 フェリシーに即され男が再び立つ。

「こんなにしてもらえたのに、こんなボロいベットしか用意できなくて悪い…」
「いいのよ、全然気にしないわ」
「ん?これは?」

 手を放そうとしたところで男がフェリシーの腕についている徴を見つける。

「これは、聖女候補である証の徴、この徴が現れた者が聖女候補として選ばれるの」
「へぇ!これは凄い!初めて見るよ!もっと見たい!」
「ふふ、どうぞ」

 フェリシーが腕を巻くり男の目の前に差し出す。

「これが聖女候補の証の徴かぁ、すごいな」
「すごくなんてないわよ」
「いや、すごいよ、こんな徴出ているのなんて見た事がない、聖女様ってやっぱり特別なんだな!こんな徴が出るなんて」
「ふふ、急に現れたり、子供のころから現れたりする子が居てね、私も現れた時にはとても驚いたわ」
「へぇ、急に… いきなり現れたらそりゃ驚くな」
「ええ」
「俺なら驚いてベットから転げ落ちそうだ!」
「ふふ」

 くすくすと二人で笑い合う。

「ありがとう、こんな大事なもの見せてもらって」
「いいのよ、気にしないで」
「今日はゆっくり休んでくれ、今後の事はまた明日話をしよう」
「ええ、おやすみなさい、シモン」
「ああ、おやすみなさいませ、フェリシー様」

 そうして扉が閉まると、ベットに座る。
 いつもならベットに座ると執事のユーグがお茶を持ってきてくれる。
 今は傍に居ない事が少し寂しく感じる。

「きっと心配しているわね…、書置きもしてきたけれど…」

 心の中でユーグに謝りながら、ベットに横たわった。

 あれから数日が経った。

「ユーグのお茶が飲みたいわ」

 あれから口にした飲み物はマズい水だけ。
 ユーグの淹れた美味しいお茶が少し恋しくなる。

(もう少しの我慢よ、そろそろ落ち着く頃だし、じきに帰れるわ)

 部屋の机に置かれた芋を手に取ると椅子はないためベットに座った。
 男がお腹空いたら食べるといいと、この家のキッチンにあった芋を蒸してくれた。
 少しお腹が空いたし食べようかと皮をむき掛けた所で外出していた男が帰ってきた音を聞き、芋をベットの脇に置くと、いつものように捜索は落ち着いたのか外の様子を聞こうと階段を下りる。
 すると男はとても沈んだ顔をしていて驚く。

「どうしたの?!」

 フェリシーが駆け寄ると、男はフェリシーの手を両手で掴み泣き崩れる。

「頼む、助けてくれ」
「何があったの?」
「実は一緒にこの国に来た仲間が病気に掛かってしまい、治療に多額の金がいる…」
「まぁ!」
「お願いだ!フェリシー様の協力があれば、治療費を稼げるかもしれない」
「どうすればいいの?」
「協力してくれるのか?」
「もちろんよ、そう言えば前に渡したお金や装飾品は…」
「ここを借りるのに結構いってね、残りはその治療費につぎ込んだ…だけど全然足りないんだ…」
「そうだったの…、ねぇ、どうすればいい?私に出来ることがあれば何でも言って」
「ありがとう、フェリシー様!」

 涙ぐむ男がフェリシーの背に手をやる。

「方法についての前に、フェリシー様が好きだと言っていたアップルティを買ってきたよ」
「まぁ、私がアップルティを好きだと言っていたのを覚えてくれていたの?」
「もちろんさ、フェリシー様のために何かしてあげたいと思って…、こんな安いモノしか返せなくてごめん…」
「いいのよ、気にしないで、その気持ちだけで嬉しいわ」
「ありがとう」

 椅子に腰かけたフェリシーに買ってきたアップルティを作り前に置く。

「いい香り」
「さ、冷めないうちにどうぞ、お姫様」
「ふふ、いただきます」

 フェリシーがアップルティを口にする。
 久しぶりのアップルティにホッと息を吐く。

「ユーグの様にはいかないけれど、これも心がこもっていてとても美味しいわ」
「ありがとう」
「? あれ…」
「大丈夫か!」

 身体が傾くフェリシーを抱き留める。

「どうしたのかしら…」
「疲れが出たんだろう、ベットに行こう」

 そのままフェリシーを抱き2階のベットに寝かす。

「ありがとう…、協力したいのにごめんなさい…」
「いいんだ、それにこのまま寝ているだけで大丈夫だから」
「え…?」
「さ、夜までぐっすり寝るといい」

 フェリシーの意識がそこで途切れた。

 次に意識を取り戻した時には耳元ではぁはぁと妙な息づかいを感じ、目を開ける。

「きゃ、きゃぁああっっ」

 目の前に油ギッシュでぼでっとした腹を見せた裸の男が居て驚きと恐怖に悲鳴を上げた。

「いやっっ誰かッッえ?!」

 手が縛られベットに括りつけられていることに気づく。

「何で?!どうして?!」
「やっと目が覚めたか、中々に声も可愛らしいな」

 男のふくよかな手がフェリシーの腕を撫で上げる。

「いやっ触らないで!!」
「ふむ、徴もちゃんとあるな、偽モノかとも思ったがまさか本物を抱けるとは、さて、体はどうかな」
「や、いやぁっっ」
「こら暴れるな!」
「いやぁぁっっ」

 必死の抵抗に男がイラっとして手を上げた。

「このジッとしろ!」

バシッ

 頬を強く殴られ頭がぐわんぐわんする。
 大人しくなったフェリシーの服を脱がしていく。

「ほお、胸も小ぶりではあるがなかなか形が良い」
「… い、や…、いやぁあぁっっ!!!!シモン!!ユーグ!!!!」

 男の名前やユーグの名前を必死に叫ぶ。

「煩い!!」

バシッ

「うっ‥‥」

 更にまた強く殴られ唇の端から血が滲み出る。

「聖女の処女だと聞いてこっちは大金を支払ってんだ!大人しくしろっ」
「え‥‥」
「まさか処女じゃないってことはないよな?」
「いやっっ」

 男の手がフェリシーの下半身に伸びる。
 また抵抗するも再び強く殴られ頭が朦朧とする中、鋭い痛みを感じる。

「っっ」
「良かった、処女のようだな、では遠慮なく」

 恐怖に怯えたフェリシーの目から涙が零れ落ちる。

「聖女の涙か、中々にそそる」

 べろんと舐められ、うっと吐き気を催す。
 だがもうまた強く殴られると思うと抵抗する気力も無くなる。

「助け…て…誰か……」

 気持ち悪い感覚と恐怖に身体の震えが止まらない。
 男に体中を弄られ吐き気と恐怖で頭の思考が追いつかない。
 ジンジンと痛む頬。
 ただただ震え耐え涙で天井が歪む。

「そろそろいいか、時間が勿体ない」

 その手がフェリシーの両足を持ち上げる。

「!」

 フェリシーの目が恐怖に大きく見開く。
 男のを目にした瞬間、身体が硬直する。

「い・・・や・・・」
「さぁ、入れるぞ」
「いやぁああああああっっっ」