57話

「オーレリー!どうだった?結果は」

 部屋に入るなり詰め寄ってくるロドリゴ教皇に表情変えることなく報告を口にする。

「1位はレティシア様です、2位はフェリシー嬢、3位は…」
「おおっっ!!よかった!!レティシア様が1位で安心したぞっっ!」

 ロドリゴ教皇がガッツポーズを決める。

「いいか、レティシア様を援護しろ?」
「教皇…、これは真の聖女を決める試験にございます、公平に――」
「何を言っておる!アナベル様の沢山の寄付のお陰で教団は安泰じゃ、レティシア様が聖女になられなければ援助も止まるではないか!」
「‥‥援助を受ける事態に問題があると前から――」
「うるさい!!今までもそうしてきた!聖女など所詮お飾り、いいか?ジーク派の者が聖女になっては困るのだ、そうしたら多額の義援金がなくなるのだぞ?」
「‥‥」
「どうにかしてでもレティシア様に聖女になって頂く、フェリシー嬢のような田舎者の金のない女がなっても意味がないのだ、ましてやあのリ、リ…」
「リディア嬢」
「そう、その女はジークヴァルトの腹心、決してあの女を聖女にならないように妨害しろ」
「‥‥」
「いいな!さてと」

 コトンと机に立派な骨董品が置かれる。

「これは?」
「素晴らしいだろう?一目惚れしてな、これを聖堂に飾ろうと購入した、後で飾っておけ」
「…これに幾ら掛かりましたか?」
「うるさい!お前はすぐに金金金だな、アナベル様の援助はたらふくある、レティシア様が聖女になれば教団も安泰よ、おっといけない、そろそろ行かねば」
「どちらへ?」
「今日はとても大事な会合がある、後は任せたぞ、オーレリー」
「‥‥はい」

 そう言うとロドリゴ教皇がいそいそと出ていく。

「あの、オーレリー様、これをどうしましょう…」
「どこでもいい、適当に飾っておけ」
「はいっ」

 不機嫌なオーレリー枢機卿にびくつき、臣下がそれを大事に持ち慌てて飛び出ていく。
 一人になった部屋で試験結果の紙を見直す。
 最下位に書かれたリディア・ぺルグランの名を細長い指先でゆっくりとなぞる。

「逃がしませんよ…我が聖女様」

「それでは、これで」
「待って」

 イザークが図書室の前でリディアから去ろうとするところで止められる。

「どうかなさいましたか?」
「ねぇ、返事、まだ聞かせてもらえないのかしら?」
「…もうしばらく猶予を下さいませんか」

(やっぱりダメか…)

 顔を俯かせるイザークを見上げる。

「理由を…聞いても?」
「申し訳ございません」
「‥‥そう」

(理由もやはり教えてくれないのね…)

「解ったわ」
「失礼いたします」

 イザークが背を向け去っていくのを確認すると、図書室に入る。

「参ったわね…」

 ドアを背にはぁっとため息を付く。

(そろそろ逃げ出しておきたいところだけれど…)

 逃亡予定は試験終了後だったけれど、今の状況は非常にマズい。
 フェリシーの性格を考えると、更に騒ぎ立てるか問題を大きくしかねない。
 それにレティシアがフェリシーに擦り寄っている。レティシア相手ではフェリシーなど簡単に翻弄されるだろう。あのレティシアだ、何らかの策を講じてくるに違いない。目障りなジークが連れて来た自分とイザークを消し去ろうとするだろう。特に魔物と話題に上ったイザークを死に追いやるのは時間の問題だ。
 図書室を見渡す。

(結局、光魔法については解らなかったけれど…)

 大体、この世界については理解してきた。
 イザークが殺される前にさっさとこの施設から逃げ出したい。
 逃げ出すだけならリオを使えば、逃げ出すこともそろそろ可能だろう。
 だけどリオは魔法が使えない。

(イザークは必須よね…)

 これから先、外で日常生活する上で生活魔法を使えるイザークは必須だ。

(リオは放っておくつもりだったけど、この場合二人とも連れていくのがベストね…)

 護衛能力を考えるとリオも必須だ。
 ジークヴァルトの名を語り入った聖女候補生が施設を逃げ出したとなったら、反逆罪として城の追手が掛かるだろう。
 それだけでなく、聖女候補生は利用価値がとてもある、逃げた聖女候補生を狙う者も出てくる。
 あちこちから敵がやってくる中、それを黒魔法が使えるからと言っても一人では限りがある。

「まぁ、ヤンデレというより今は猫?」

 ヤンデレ要素を含んでいるので警戒していたけど、今は気まぐれな猫のような感覚だ。

(ペットと思えば問題ないか…)

 相変わらずのゲス思考を発揮するリディアだった。

「それよりも問題は…」

(イザークの理由ね…)

 自分の命まで掛けてリディアを助けたイザークが共に行けない理由。

(それを解決しない限りイザークは頷かないわね…一体何が足かせになっているのやら)

 そこでドアの向こうから足音が聞こえる。
 その足音と共に声が聞こえた。

”フェリシー様、そんなに駆けてはまた転んでしまいます”
”大丈夫よ、ユーグ、それより図書室はあそこであってる?”
”はい、ああ、お待ちくださいフェリシー様”

(フェリシー?!マズいわっ)

 鉢合わせてはいけないと、図書室を見渡す。
 だが本棚だらけで窓もない。

(窓!)

 そう言えば、ロレシオを見つけた窓があったと思い出し、急いで本棚で隠れた奥にある窓へ走る。
 背後でドアが開く音を聞く。

ガタンッ…

「あら、何か向こうで音が聞こえたわ」
「少し様子を見てまいります」

(ヤバイ…)

 急いでその窓から外に出る。
 そのまま必死に駆け抜ける。
 フェリシーの執事ユーグが窓から顔を出す。

(このままでは見つかるわっそうだ!)

 茂みの中に体を突っ込むと、大きな木に急いで登る。
 上まで登ったところでユーグが近くまでやってきた。

「‥‥何もいませんね、動物が紛れ込んだのか…」

 そのままユーグが図書室の方へと戻っていく。
 ユーグの姿が完全に消えたところでホッと肩を撫で下ろした。

(木登り出来て良かった…というか、木登りも久しぶりね)

 木の幹に背を凭れかける。
 そよそよとそよぐ風に目を瞑る。
 義理家族と過ごした間、こうしていつも木の上で眠りこけていたっけと懐かしく思い返す。

(丁度いい、今日は図書室は無理そうだしこのまま久しぶりに眠ろう…)

 そう思った矢先だった。

「ギャァギャァ!!」
「ぅわっっ」

 目の前で鳥がリディアに向かって攻撃してくる。

「な、なにっっあっ…」

 鳥を払い除けながら片目を開け見た先に巣と卵を発見する。

(しまったっ…)

「ギャァギャァ!!」
「ごめんってっ、すぐ違う木に移るから!!」
「ギャァギャァ!!」

 必死に抵抗しながら違う木の枝に移ろうと足を掛ける。
 違う枝に移っても攻撃が止まない。

「ギャァギャァ!!」
「ちょっと待っててば!もっと別の場所に行くから」
「ギャァギャァ!!」
「ちょっ、ぁっうわぁあああああっっ」

 体がバランス感覚を失う。

(マズい、結構高いから死なずとも骨折必須だわ!)

 落ちながらどこかの木の枝に捕まろうとするも鳥が攻撃を止めず追いかけてくる。

「ギャァギャァ!!」
「ちょっっ」

 お陰で掴みかけた枝も敢え無く掴み損ねる。

「いやぁあああっっ」

 そのまま木の枝が無くなり地面を見た。

「!」

 その目が大きく見開く。

(オズ?!)