63話

 遠巻きに見る聖女候補達の目線。
 リディアはイザークが引いた椅子に腰掛ける。

(何だか振り出しに戻る…ね)

 契約書を得た今、今まで通りイザークが教室内で隣に立つ。
 冷たい視線の中、何事も無かったように授業の準備を進める。
 フェリシーが気まずそうにリディアを見るも近づいては来ない。

(やっと平和がやってきたわ…)

 教室内で孤立する中、リディアは安堵のため息をついた。
 陰口などリディアには興味がない。
 聞こえるようにわざわざ大きめの声で陰口を叩くが平然としているリディアに周囲の方が躍起になって陰口をさらに大きな声で叩いていた。
 そうこうしているうちにオーレリーがやってきて教室内がまた静かになる。
 それがあの事件以来平常運転となっていた。

「やはりここにお出ででしたか、リディア嬢」
「ロレシオ様」

 キャサドラからジークヴァルトの伝言でロレシオと話をしてくれと言われたものの、モブなキャラに構う気のなかったリディアはスルーを決め込むつもりでいた。
 だが、そんな事をせずともロレシオの方からたまにこうして図書室に会いに来るようになっていた。

(今日は調べ物はお預けね…)

 ロレシオは何も言わずに聞いてくれるリディアに甘えて、図書室に会いに来るとイザークが来るまで喋り込むようになっていた。
 第二王子であるロレシオの訪問を断るわけにもいかず、話し相手になる。
 ただ結構物知りであるロレシオの話は面白くもあり、そこまで嫌ではなかった。
 少年の様に目を輝かせて一生懸命に話すロレシオ。
 それを見ていると、亡くなった母にもこうして喋っていたんだろうなと想像ができた。

(きっと私は母の代わりなのね…)

 マザコンの気があるロレシオを見ながらそう思う。
 ロレシオの母はロレシオの話を黙って聞いていたというから、この感覚は多分当たっているだろうと確信していた。
 開いていた本を閉じる。
 今日は無理だと悟ったリディアはロレシオの席を開けようと散らばった本を片付けるため手をのばすその手を掴まれる。

「そんな事は放っておいて、一緒に来てください」
「?」
「これは後で片付け指すよう命令しておきますから、さぁ」
「あのどちらへ?」
「いいから、こちらへ、急がないと終わってしまいます」
「??」

 ロレシオに手を引かれ城の方へと向かう。
 どんどんと城の中に入っていくロレシオに、まだ聖女候補である自分が入っていいのかと戸惑うもロレシオがしっかりと手を握っているため仕方なくついていく。

(また変な噂が流れなければいいのだけれど…)

 行き交う兵やメイドの眼差しに、ここまで大っぴらに目に付いてしまっては仕方がないと腹をくくる。

「さぁ、こちらです」

 ロレシオがある一室に案内する。
 後に続いて入ったその光景に目を瞬かせる。
 そこには幾人かの行商人と、その前にたくさん並ぶ商品。

「ロレシオ様、お待ちしておりました、さぁさロレシオ様もどうぞ好きな品をお選びください、珍しい品も沢山ありますよ」

 ロドリゴ教皇と見知らぬ貴族達がずらっと座る。
 その中央にジークヴァルトとサディアスが呆れ顔で座っていた。

「ん?そこに居るのは確か…」
「リディア!」

 不意に自分の名を呼ばれ振り向くと、そこにはレティシアと並びフェリシーが座っていた。

(フェリシーも?)

 驚いてフェリシーを見る。
 そしてフェリシーの目前の商品に名札がつけられていることに気づく。
 そこに『フェリシー』の名札もいくつか見つける。『レティシア』の名札も見つける。
 よく見ると、沢山の商品に名札がつけられている。
 そこには名前が書かれており、すぐにこれは売約済み商品であると理解する。
 その沢山の売約済み品々を見る。
 どれも素人の自分がパッと見ただけでも解る高価な品々ばかりだ。
 瞬間、沸騰するぐらいに身体が熱くなった。

(毛が逆立つとはこういう感覚を言うのね…)

 この施設にやってきて初めて感じる怒りという感情。

「お前がどうしてここに居る!」

 ロドリゴ教皇が不機嫌そうに眉を顰める。

「今日は未来の聖女を労って催されたもの、お前のようなモノが来るところではない!」
「そんな教皇様、リディアも候補の一人です!」

 フェリシーが言葉を挟むも、そのフェリシーをも蔑むような目で見るロドリゴ教皇。

「本来はレティシア様にと催された場、レティシア様のご厚意でフェリシー嬢も招き入れたがアレは3位と言えどたった一度一位をとった試験以来最下位連発で聖女候補に残っているとはいえ未来はない聖女でございますぞ」

 その言葉にフェリシーとレティシアを見る。

(なるほど、フェリシーを引き込む算段ね…)

「教皇、リディアは私が無理を言って連れてきました、それ以上の非礼は勘弁願いたい」
「ロレシオ様が!?‥‥あの噂は本当だったか」
「あの噂と言うと?」

 教皇の隣に座る貴族が首を傾げる。

「魔物執事を使って次々と聖女試験に重要な人物を誑かしているという噂があるのです」
「なんと!」

 会場がざわめく。

「それでも!」

 フェリシーがざわめく会場の中声を上げる。

「彼女は聖女候補として残っている一人です…レティシア、お願い」

 レティシアに手を合わせ懇願する。

「聖女候補として残った者同士ということで、こんなにも沢山頂いてとても嬉しいけれど…、同じ候補と残ったリディアを置いて私だけ頂くなんて悪いわ…」
 
 そんなフェリシーの前でスッと扇子を広げる。

「本当にフェリシー嬢はお優しい事…、そこまで大切な友人でありライバルなあなたに頼まれたならば断わるわけにもいけませんわね、一つぐらいは買ってあげてもよろしくてよ」
「大切だなんて…っ、私の言葉を聞いてくださるなんて嬉しいです!レティシア様!ありがとうございます!レティシア様こそお優しいですわ!ね、リディア良かったわね!」

 フェリシーが嬉しそうに振り返る。

「ふん、仕方がありませんな、レティシア様の寛大な心に感謝しろ!」
「さぁ、お好きなモノをお選びになってよろしくてよ」
「リディア、すごく素敵なモノがたくさんあるわよ!さぁ、こちらに来て見てみて!」
「リディア嬢、レティシアや教皇もああいって下さってます、さぁ、近くで―――」
「結構です」
「え…?」

 会場中が何を言っているのかと言う様にリディアを見る。

「どうしたのですか?リディア嬢」

 ロレシオが首を傾げる。

「遠慮はいりません、こんなに行商人が集まるのは稀な事、きっとあなたも気に入る商品が見つかります、よければ私からも日ごろの感謝を込めて貴方に贈りたい」
「リディア、ロレシオ様も仰ってくれているのよ、早くこっちに来て一緒に選びましょう、本当に珍しい商品も沢山あるわよ!きっと商品を見ればあなたも魅了されるわよ、ほら、こっちに座って」

 フェリシーが自分の隣をポンポンと叩く。
 だがリディアが一歩も動かず、首を横に振る。
 その様に貴族達が怒り出す。

「レティシア様だけでなく、ロレシオ様の面子を汚すつもりか!さっさと感謝を述べ座れ!」
「結構だと申し上げています!それでは失礼致します」
「待ちなさい!」

 ロドリゴ教皇が声を荒げる。

「レティシア様のご厚意を無下にするつもりか!」

 声を裏返し怒鳴り散らす教皇に怒りに満ちた目で振り返る。

「ご厚意?では、お聞きします」
「?」
「そのご購入された商品の金額がいくらかご存知ですか?」
「なっ、金額を聞くなど無粋な!」
「リディア!そう言う事は口にしてはいけないわ!」
「全くこれだから平民に近い貴族は品がないわ」
「それよりもレティシア様に失礼な事を―――」
「では質問を変えます」

 教皇の言葉を遮り、リディアが声を上げる。

「そのお金は誰のお金ですか?」

 リディアの言葉に皆キョトンとする。

「そんなモノ、国のお金に決まっているであろう」
「そんなことも知らぬのか?」

 失笑が会場を埋め尽くす。

「ええ、国のお金ですね、ですが、国のお金は何処から生まれるのですか?」
「そんなの税金に決まっておろう」
「当たり前のことを偉そうに」
「す、すみません!!彼女はその…境遇からあまりこういう事を知らなくて」

 フェリシーが慌てて頭を下げ、リディアに振り返る。

「リディア、その辺でよした方がいいわ…、変な事を言っては聖女候補生であるレティシア様や私まで笑われてしまうわ」

 余りの無知さ加減にフェリシーの方が恥ずかしそうに頬を染め小声でリディアに言う。
 そんなフェリシーを眼中にない様子で貴族やロドリゴ教皇を睨み据える。

「そうです、税金です、その税金は誰が支払うの?」
「国民に決まっておろう、威勢のいい割には低能な質問よのう」
「り、リディアっ、もうやめて、恥ずかしい…」
「この女は聖女候補ですが筆記試験では0点に近い程でして…」

 馬鹿にする貴族達をギロッと睨む。

「低能なのはどちらかしら?」
「! 言わせておけばっっ」

「税金が国の金なら、国の金は国民のモノでしょうが!!!」

 怒りに身を震わせ会場中に響き渡るほどに声を張り上げる。
 一瞬静まり返るも、また貴族たちが失笑を始める。

「何をおかしなことを」
「民のために我々は国を守っているのです、税を納めるのは国民の義務でしょう」
「では、これは国を守るために必要なモノですか?」

 商品を指さす。

「見た所、一つ一つ大層な値がしそうな商品ばかり、貴方達が購入したその品々合わせれば相当な額、それは国を守るために必要ですか?」
「女!屁理屈を言うな!国を守るための我々貴族がどう使おうと指図される謂れはないわ!」
「そうね、貴方達の生活や聖女が身に着けるモノにそれなりの品位は必要でしょう、他国に侮られないため持て成すための贅沢や、たまにのそれなりの贅沢ならば構わないでしょう、ですが、欲にまみれた贅沢は税を納める国民を冒涜しているとは思わないのですか!」
「何を戯言を!国民を冒涜?我々は貴族ぞ」

 その言葉にリディアの体がカーッと熱くなる。

「では今あちこちで魔物が出現しているのをご存知か?」
「もちろん知っておるとも」
「それによりたくさんの国民がケガを負ったり亡くなったりしていることは?」
「ああ、報告に聞いておるとも」
「では、魔物によりどんどん国民が亡くなり納める税金が少なくなったらどうするのです?」
「なら税を上げればいい」

(こんのーっっ)

「魔物により耕す土地も、働く場所も無くなった者からどうやって税金を取るのです!」
「そんなもの知らぬ、どうにかして納めてもらうしかないよのう」
「‥‥ご存知ですか?国民が少なくなるだけでなく、魔物を退治するための動員にお金がかかります、魔物対策にもお金がかかります、修復費用にもお金がかかります、魔物が増える中、必要経費はどれほどになるのか、更には隣国のいざこざもあるとか、そこにもまたお金が必要になります、何事にもお金がいります、特に今の状況、よくはなりはしない、必要経費が増える一方、そんな中、国民が少なくなる意味がお解りですか?貴族なら、国を守る立場なら、国民を第一に考える事こそが大事な事ではないのですか?国のためにどう動くべきか考えるのが優先なのではないのですか?」
「あーっはっはっはっ、これだから無知はホンに馬鹿よのう!」

 貴族達が大笑いする。

「この国はこの世界最大の大国という事を知らぬのか?」
「国民なら腐るほどいるわ」
「多少、魔物でやられたとて何の問題もない」
「全く、これが私と同じ聖女候補だと思うと頭痛がしますわ」
「ああ、もうっっ、リディアっもうよして、恥ずかしいわ…」

 レティシアが扇子で隠した口元で笑う。
 フェリシーも呆れ恥ずかしい表情をすると、リディアに小声で話しかける。

「ねぇ、リディア‥、これ以上は恥をかくだけよ?ちゃんと謝った方がいいわ」
「そうだ!レティシア様のご厚意をこんな形で返すとは謝りたまえ!」

 謝れと貴族達が連呼する。
 フェリシーも早く謝る方が良いとリディアを見る。

(フェリシー?)

 正義に燃えるところだろうフェリシーが謝れと言ってくることに少し驚き微かに首を傾げる。

「フェリシー、あなたは国民を守るために聖女になるんじゃないの?」
「え?それはもちろんそうよ」
「なら―――」
「リディアったら考え過ぎよ、たかがこの商品を買ったとしても何も変わらないわ」
「え?」
「皆が言っているようにこの国はとても大国なのよ?リディアが思っている以上にたくさんの資産があるの、リディアは勉強不足だから知らないだろうけど沢山の資源もあってそこからも需要が物凄くあるの、そうそう資源も資産も尽きる事はあり得ないわ、民は今苦しい状況なのは解るわ、でも私達がたかだかこの商品を買った所でそう変わりはないわ、ね、あまり深く考えず、さ、リディアも謝って何か一つレティシア様のご厚意に甘えて選びましょう」
「資源も資産も有限なのよ、今考えないと―――」
「有限の規模が貴方が思っている以上だって言っているの、規模が違うわ、世界一なのよ?なくなる筈がない、もっとちゃんと勉強した方がいいわ、それに今大事なのは仲良くなるためにお互いの気持ちを通わす事よ、ライバルと言えどレティシア様との交友を大事にする事もとても大切だわ、高貴なプライドを持つレティシア様が交友関係を築こうと思ってくれたのよ、これはとても凄い事だわ、こんなこと普通はあり得ない、前から言おうと思っていたけれど、あなたは交友関係を蔑ろにし過ぎよ、リディア、交友関係を築くにはせっかく差し伸べてくれた手を無碍にしちゃいけない、事を荒立ててはいけないわ、あなたからも手を差しのべてあげなくちゃだめよ」
「フェリシー‥‥」

 魔物を止める方法が今はない事の意味を考えないの?
 魔物が増え続けるとどうなるかを考えないの?
 そのために本当に飢えが始まり国同士が争っている意味を考えた事は?
 資産を生む資源も有限だってことの意味を考えた事は?
 資源が残ったとしてもそれから資産を生む国民が死ぬ意味を?
 それにより更に国民が重労働を課せられることを、どういう状況に陥るかという事を?
 またそのたくさんの資産は国民が減れば無くなる事を?
 需要と言うが、費用がかさめば赤字になることを考えないの?
 その費用があれば、どれだけの国民が助かるか、国を守る装備を整えられるか、考えないの?

 沢山の思いが胸に次々と込み上げる。

「ほら、リディア、今なら謝ったら許してくれるわ、一緒に謝ってあげるからレティシア様のご厚意に甘えて商品を選びましょう、とっても素敵なモノばかりよ!ほらほら、深く考えないで、私達が一つ二つ買った所で何も変わらないわ、だから、ね」

 その言葉にリディアは自分でも信じられないぐらいサーッと血の気が引く。

(そうか…、フェリシーも貴族、公務員側なのね…)

 正義感が強いフェリシーも、ずっと貴族なのだ。金があるのは当たり前。自ら働き税を納めたことがない側の人間。税を払う人の気持ち、そして現場の人間の苦労それを知らない。だからそう思っても当然かと思うも少し残念に思う気持ちが沸く。きっとフェリシーの正義感にどこかで期待していたのかもしれない。

(死ぬほど働いてお金稼いでも給料の4分の1持ってかれる虚しさなんて解らないわよね…)

 給料は上がったのに税金が増えて給料が下がった時は怒りに燃えて飲みまくったものだ。

「さぁ、リディア!」

 フェリシーが手を差し伸べる。

(ふざけないで、こんなの手にした日にゃ、あの最低義理家族と同じだわ)

 人の金で贅沢し放題だったあの義理家族を思い出し反吐が出る。

「結構よ、それでは私には用がないようなので失礼いたします」

 そう言って踵を返した時だった。

「ちょっと待って!聖女候補様」
「!」

 振り返ったその先には緑の髪の男。

「ディ―――」
「はじめまして、聖女候補様」
「!」

 ディーノがニッコリと笑う。

「…初めまして、…何か?」
「ええ、あなたにこれを」
「!」

 会場中がざわめく。
 ディーノが懐から取り出したのは、並べられた商品全て見劣りするぐらい国宝級の神秘的な美しい簪だった。
 そこからカミルの神力も感じられる。きっと今並べられた商品全部買い取っても足りないぐらいの一品だろう。

「これは非売品です、私がこれに相応しいと思った方に差し上げようと思っていた品です、購入ではなくプレゼントですので受け取ってくれますよね」
「えっっあ…」

 そう言うとリディアのハーフアップでお団子にしたそこにスッと差し込む。

「わ、私も!!」

 その行為をきっかけに商人が次々と立ち上がるとリディアに詰め寄る。

「こちらも非売品にございます、ぜひ、あなたに貰って頂きたい!」
「え?え????」

 商品とは別の袋や懐から次々と商人が非売品とするぐらいの超一級品が差し出される。

「こ、困ります」
「貰っておけ!」

 今まで黙っていたジークヴァルトが声を上げる。

「代理とはいえ国王の命令です」

 サディアスが釘を刺すように続ける。

(なるほど…彼らの目的は私が聖女になることか…)

 商人も国民側だ。
 税金が高くなったりするのは商売あがったりだ。
 また商人だけにこの国の状況を一番に把握している。
 となると、一番理解している聖女に望みを託すのは当然と言えるであろう。

(だけど、貰うわけにはいかないわよね…)

 リディアには聖女になる気は更々ない。

「私は聖女の目はないの、そんな私がこれを受け取るわけにはいきません、お気持ちだけ受け取っておきます」
「あら、よく解っているじゃない」

 レティシアがその光景に怒りに満ちた声色で声を上げる。

「私のおこぼれすら必要ないのなら、さっさと出てお行きなさい、目障りだわ」
「ええ、言われなくとも」

 そう言って髪に差した簪を取ろうとしてディーノに止められる。

「言ったでしょう?これは相応しいと思う人に差し上げたいと思った、それだけです」
「‥‥」

 そう言ってウィンクをかますディーノに仕方ないというように肩を上げる。

「解ったわ、ではこれだけは頂いていくわ、それでは失礼いたします」

 頭を下げるとリディアはその場を後にした。