4 話

 次の日から私が逃げることで仕事が増えていたお手伝いさん達が、新たな獲物を見つけたと言うように目をギラつかせ思う存分新入りの男の子をいじめ倒していた。
 私はというと平常運転でうまく逃げ隠れる日々だ。
 もちろん彼は脳内リセットされているので酷いいじめをされているのも気にもせず、今日も木の上でゆっくりお昼寝もとい、お朝寝を決め込んでいた。

「ふぁ~…後で抜け出して破格クッキー買っておこうかしら…」

バンッ

”リオ!まだ床も拭けてないの!?早くしなさい!!このグズ!!”

”ひっ”

バシッッ

 木の葉の隙間から見える窓から、最近の日常になっている罵声と殴る蹴るの暴行音が聞こえてくる。
 その窓にちらりと蹲る小さな背中が映った。
 普通なら心痛むところだろうが今まで自分もさんざんやられた立場だからなのか、それとも感覚が鈍っているのか何も感じはしなかった。

 彼の名は”リオ”というらしい。どうやら会話を盗み聞きして分かったことだが、どこぞのそれなりの由緒ある貴族の子のようだ。
 だが、その家系特有の魔法が使えない、いや、使えないどころか魔力がない。生まれた時から魔法を持っているのが当たり前の家系で魔法がない子が生まれた。
 しかも肌が小麦色の肌で、この世界では小麦肌は愚民と言われる、そんな肌色を持った子が生まれたのだ。どう考えても夫の子ではないと解り、幼いころから家族全員に虐められて育ったらしい。
 でもって、この前の戦乱に家族ごと巻き込まれ、生き残ったのがこの子だけだった。
 当然、肌色も違う魔力もない子を親戚は誰も引き取ろうとしない、だが貴族の子を修道院に預けるわけにもいかず困っていたところ、がめつい義父が大金目当てで子を引き取ったというわけらしい。

 その話を聞いて、思い出したことがある。
 確かそう…

(確か、この子の父親って ”最強の傭兵“ だったような…?)

 魔力は使えないが身体能力がチート設定だったはず。
 母が一夜限りの恋で生まれた子供って感じだったはずだ。

(やはり、思った通り攻略キャラでこの子ヤンデレだわ)

”ごめ、ごめんなさいっっ”
”早くしなさい!のろま!”

バシッ

 相変わらず賑やかな罵倒と殴る蹴るの派手な音が窓から漏れ続ける。

「……」

(やっぱり、うん、リセーット!ね)

 こらこら、ここは助けるだろう!心痛むだろう!と突っ込みたい所だが、リディアは臭い物に蓋をする、もとい触らぬ神に祟りなし精神の持ち主だ。
 どちらにしてもゲス精神の見た目は聖女、中身は悪女なリディアは見事に蓋をし男の子を脳内消去した。
 そして改めて何事もなかったように木の上で目をつむると心地良い眠りにつくのであった。

 その日の昼過ぎ、大量クッキーを手に家に帰ると、早く隠さないといけないと思いリビングを駆け抜けようとしたところで何かを足で引っ掛け見事にずっこける。

「ったぁ…」
「ご、ごめんなさっっ」

 そこには床を雑巾がけしていたリオの姿があった。
 しばし目が合う二人。

(しまった、目が合ってしまった、り、リセ―――ット!)

 平常運転に戻すと、今落としたクッキーの袋を手に取る。

(よかった、中身がでていない)

 ホッとしているのも束の間、運悪く背後から足音が聞こえる。

(まずい!これは義妹1号の足音だ!)

 足音を確認するや否や、リオを飛び越えソファの後ろに回り込むと、ごろんと横になりそのままソファーの下に慣れた動きでサッと隠れる。
 長く逃げ隠れて培ったリビングでの最適ポジションの隠れ場所だ!
 聖女がソファの下に隠れるとか聖女設定をまるっと無視しまくるリディアはそのまま息を潜める。

(今の時間帯なら、リビングを通って自分の部屋に行くだけのはず)

 しばらくやり過ごせば何とかなる。と、クッキーの袋を握りしめたところで目を見開く。

「?!」

 なんと目の前にぬっとリオの顔が現れ、同じようにソファの下に潜り込んできたのだ。
 思わず声を出しそうになるのを、ぐっと押し止める。
 と同時、ドアが開く音と義妹のバタバタという足音が聞こえた。

「っ」

 リオが私の胸にギュッとしがみつく。
 震える小さな肩。

(リセーットぉぉぉおおおっっっ)

 その瞬間、真顔のまま抱きしめるでもなく今目の前にいる男の子を消去した。

バタバタ……

 足音が遠のいていく。
 そして完全に足音が消えたところで、ササササッと忍者のようにソファの下から這い出ると、クッキーを胸に屋根裏部屋へと駆け上った。
 部屋に入るとドアの前で座り込む。

「焦ったぁ――」

 目の前に急に現れるのは心臓に悪い。
 まだバクバク心臓が跳ねている。

(まさかリオがあんな行動に出るとは…リセットを強化せねばっっ)

 鏡の前に四つん這いで這い寄るとリセットの真顔の練習を始める。
 ちょっと方向性を間違えだしたリディアがそこにいた。

 そして、このことがリオへのきっかけとなってしまっていたことを今のリディアはまだ知らない。