75話

「サディアス様がえれぇべっぴんなお嫁さんを連れてきたぞっっ!!」
「サディアス様!お嫁さんと食べておくんなせぇ!」
「こっちも持って帰って食べて下さいな!」
「サディアス様!」

 作り笑顔を張り付けながらサディアスの馬に揺られ、わらわらと寄ってくる村人たちを見下ろす。

「おや、もう違うと抗議しないのですか?」
「抗議させる気ないくせに、どの口が言うのかしら」
「ふっ、流石にあなたは聡いですね」
「おおっサディアス様のあんな優しい笑み見た事ないぞっ」
「仲睦まじくて素敵ねぇ~絵になるわ~」

(いやいやいやいや、これのどこが優しい笑みってのっっ)

 作り笑顔も引き攣る。

「口元が引き攣ってますよ」
「っ―――」

(こんの男っっ)

 お嫁さんだと勘違いした皆に私がどう反応するか最初は面白がっているのかと思って抗議しようとしたが、父親と会った時もそれを否定しないサディアスに流石に少しおかしいと気づいた。

(何か企んでいるんだろうけど聞いたところで教える気は絶対ないわね)

 企んでいるのは確かだが、この状況を楽しんでいるのも確かだと確信している。

「でも意外だったわ」
「何がです?」
「あなたの実家ってもっとクールでギスギスしているのかと思ってた」

 リディアはうんと頭を巡らす。
 ドS軍師の実家が穏やかとかこんな設定があったかどうか全く覚えていない。

(大体、家が冷酷で優劣や酷い差別とかってパターンが多いから、てっきりそんな感じだと思ってたけど‥‥)

 皆、ヴィルフリートとサディアスを慕って、田舎らしい温かな人達ばかりだ。

「それに‥‥」
「それに?」

 そこで思わず言葉を止める。

「いいですよ、正直におっしゃて下さっても、私が父親に似てないと」

 気にするそぶりもなく話すサディアスに少しホッとする。
 そうなると疑問を解き明かしたくなってくる。

「妾の子とかそういうパターン?」
「ふふ、よくありますね」
「でしょ」
「ですが違います、私は正真正銘、ヴィルフリートの子ですよ」
「ほんと?」
「ええ、私は見事なまでに母親似なのです」
「お母さん美人だったのね、あ…」

 また言ってしまってしまった顔をする。

「ふっ、父はごつくて驚きましたか?」
「ええ、まぁ、それも凄く意外だったわ」

 サディアスの美しい容貌とは程遠い岩のような感じの人だった。
 厳格な感じの人で、会った瞬間背筋がピンと伸び身が引き締まるほど。
 陛下の腹心となっただけの事はある。

「あれでいて温良篤厚なところがあるんですよ」
「へぇ…」

 確かに、あんなに厳格な人なのに周りの人もこの村の人々も穏やかで信頼を寄せている。
 トップが温情なく厳しいだけの人だったら、こんな表情は絶対できない。

(怖そうだけど、いい人なのね、きっと…)

 私を見た時、ほんの一瞬鋭くなった。
 全てを見透かすような鋭い眼。
 色んな人を見てきた人の目だ。
 息子がお嫁さん連れてきたというのに表情を一切変えなかった。

(もしかしたら、もうバレてるのかしら?)

「父は元々農民で、このクルルでクルル芋を作っていたのです、言わばここは地元、館で働いている者は身分関係なく信頼できるもののみ集められています、なのでこう穏やかなのです」
「なるほどね」

 言わば、この村の人たちは自分達の中から陛下の腹心となり侯爵となったヴィルフリートは英雄で、それは自分達にとっても名誉で自慢なのだ。
 
(でもそうなると腑に落ちないわね…)

 こんな穏やかな中で、あんな残虐な殺し方できるようになるとは考えにくい。
 この男をこんな風にしたのは一体何が原因なのか。

「見えてきました、あの辺りが今病気にかかっている畑です」
「という事はこの辺りで聞き込みすれば何か手掛かりが掴めるかもしれないわね」
「おーいっリディアー!」
「あ、ディーノ」
「あれが例の知り合いの行商人ですか」

 ディーノがぜーぜーいいながら駆け寄ってくる。

「情報掴んだぜっ」
「本当?!」
「ああ、変な恰好の行商人は3人、奴らはこの病気の畑を何か薬品を混ぜた水で蘇らせたとかで噂になってる」
「クルル芋はこの地の名産品です、この地方にとって大事なクルル芋畑を標的にしたのでしょう、自らの手で病気にさせその薬を売りつける」
「ああ、そしてその噂を広めてヴィルフリート様にお目通りをしてもらうように持っていったという解釈で合っていると思うぜ、この病気を治したいからここを管理している領主に会いたいと話していたらしいからな」
「それでその3人は?」
「今まだこの辺りに居るかもしれないとリオが探している最中だ」
「私達も探しましょ、早く見つけ出さないと」

 リディアの言葉に頷くと行商人の行方を尋ね歩いた。

 結局、犯人は見つけられずに終わった。
 といっても、犯人捜しは殆どリオとディーノがやったと言っても過言ではない。
 何処にいっても『サディアスのお嫁さんだぁ!』と人が集まり寄ってきて、たくさん人が集まったのはいいものの情報を聞き出そうにも、やれこれを持って行け、どこで出会ったの、結婚はいつだ、と、逆に間髪入れずの質問攻めでこちらが質問する暇もなく犯人捜しどころではなかった。
 日も暮れサディアスと共にリディアはヴィルフリートの屋敷に戻った。
 リオとディーノは引き続き外で例の行商人探しを続けている。

「ふぅ‥‥」

 寝室に案内され、一息つく。
 サディアスのお嫁さんと思われ、夕食も豪勢で至れり尽くせりの接待を受けた。
 入浴もメイドが何人もつき、大事な嫁に何かあってはというのと、サディアスの嫁がどんな子かと集まった使用人たちや護衛達で常にリディアの周りは賑やかだった。
 やっと一人の時間が出来たと、やれやれと部屋に入ると肩を撫で下ろした。

「やっと一人になれた…」
「ひとり?二人の間違いでしょう」
「!」

 いつの間にやら背後にサディアスが居て飛び上がる。

「飛び上がるほど喜んでもらえるとは光栄です」
「何で居るの?!」
「そりゃ、貴方は私のお嫁さんだからでしょう?」
「え?」
「ほら、枕も二つ」
「!」

 サディアスの細長い指の先を見ると、大きなベットに枕が二つ並んでいた。

「‥‥今すぐ、部屋を別にしてもらうように言ってくるわ」
「まぁ、待ちなさい、この方が都合がいいでしょう?」
「?」
「犯人が見つかったらきっと弟君が知らせに来る、一緒に居ればすぐに戦略も対処もできるというもの」
「…確かに」
「ね?」
「それを狙ってお嫁さんとしたの?」
「それもあります」

 そう言うとリディアの背に手を当て部屋中へと誘導する。

「そう警戒しないでください、まだあなたに手を出したりは致しません」
「まだ?」
「ふふ、耳聡いですね、さて、私は少し書類に目を通しますので、あなたはお好きにおくつろぎください」
「ここまで来て仕事?」
「折角クルル地方までやって来たのです、こちらの状況が詳しく知れますからね、今回の件の様に見落としている部分があるかもしれない」
「それはナハルの事?」

 サディアスが動きを止めリディアを見る。

「どうしてそう思ったのですか?」
「疫病が流行っているのでしょ?しかも魔物も沢山現れているとか、ミクトランは魔に落ちたとなると向かうはこの国アグダス、魔に落ち疫病までとなったらもうなりふり構わずの行動に出るはず」
「ミクトランの情報まで…それは何処で手に入れ…ああ、あのディーノと言う男ですか、行商人なら色んな情報を手にしているはずですからね」
「それで、どうなの?戦争になりそう?」
「いずれそうなるでしょうね」
「そう…、戦争は避けられないのね…、アナベルはどうしてナハルと手を組んだんだろう?そんな戦争になりそうな敵国に自国の国境付近を取られるような真似、正気とは思えない、疫病だなんて下手すれば国全体の問題になる様な事を…」
「発想が逆ですよ、戦争になりそうなほど苦しい状況にあるから利用したのでしょう」
「え?」
「少しの支援も喉に手が出るほど欲しい状況だから何でも言う事を聞くのです、それは逆に言うと戦争の抑止力ともなる、それに感染についてですが、国全体に広がらないよう外で感染させず屋敷にわざわざ上がろうとしているのでしょう」
「なるほど」

(相手にしてみれば、援助してくれる場所を潰したくないから言う事を聞くという事か…)

「流石アナベルね、対策もばっちり、それにどうやれば自分の思い通りに動くかよく知っているというか…、それは貴方も同じね」
「私はまだまだです」
「ご謙遜を」
「いえいえ、だってあなたは思惑通り全く動いてくれませんからね」
「全くという事はないでしょう?結局あの大量の仕事させられる羽目になったし」
「ふふっ、そう言う事もありましたね」
「あー、喉が渇いたわ、イザークのお茶が飲みたい所ね」

 今の私の状態に合わせて作ってくれるお茶は最高に美味しいのだが、イザークが居ないのは仕方がない。
 徐に部屋に置かれた水差しからコップに水を灌ぐ。
 そのコップを手にした所でその手にサディアスの大きな手が覆う。

「!」
「ふふ、あなたはこういう不意を突かれたのに弱いのですね、普段なら冷静なのに頬を染めて…」

 そのままその手に持ったコップから一口飲む。

「ごちそうさま、私も喉が渇いていたので丁度よかったです」
「自分で注いで飲めばいいでしょう?」
「面倒です、時間も省けて一石二鳥でしょう?」
「あなただけがね」
「そこまで言うなら今度は私が飲まして差し上げましょうか?」

 両手で手ごと覆われドキッとする。

「ふっ、やはり不意を突かれると頬染めるのですね」
「~~~~っっ」

(このドS軍師がぁ~~~っっ心臓に悪いってのっっ)

 コップを捥ぎ取るとそのまま一気に飲み干す。

「ふぅ…」

 サディアスの攻めに更に喉がカラカラになった喉が潤いホッと息を吐く。

(これ以上隣に居たら、また何されるやらわからないわね…)

 不意を突くのはこの男の得意技だ。
 これをやられ続けたら心臓が持たない。

「おや、もう寝るのですか?」
「リオが来たら起こして」
「一人で眠れますか?」
「ベットに入ってきたら殺す」
「物騒ですね、なら敢えて殺されてみるのも面白い」
「俺が殺す」
「リオ!」

 サディアスの首元に刃が光る。

「まだ死ぬわけにはいきません、貴方の姉さまには何も手を出しませんから、その刃をしまって頂けますか?」
「リオ、しまいなさい」
「チッ」

 刃をしまうも超不機嫌な顔でサディアスを睨む。

「どうしたの?」
「姉さま、こんな奴と結婚するの?」
「あ‥‥」

 村中、今サディアスがお嫁さん連れてきたと大騒ぎだ。
 それがリオの耳に入らないはずがない。

「ないない、あれはこうして情報共有するのに一緒に居るために流している嘘よ」
「ほんと?!」
「そんなにはっきり『ない』と言われると、心が傷つきますね」
「思ってもない事をまた…」

 はぁっとため息をつくとリオを見た。

「で、ここに来たという事は犯人見つかったの?」
「うん、それが…」

 リオの表情が優れない。

「どうしたの?」
「それが、一人見つかったんだけど、殺されてたんだ」
「?!」