35話

「!」

 そこで、ハッと思い出す。

(これは爆発イベント!)

 脳裏に蘇る金太郎飴イベント。
 この箱が仕掛けられていて割った途端爆発するのだ。
 そして好感度の高い攻略男子が主人公を守るイベントだ。

(てことは、リオか、イザークか…それともジーク?サディアスはまだな気がする…)

 ジークヴァルト以外は無事に終わるが、ジークヴァルトだけは主人公を守り重症を負うパターンだったと思い出す。
 それで重傷を負ったジークヴァルトを甲斐甲斐しく看病し、その傷に心を痛めた主人公が犯人捜しをし出して、読み飛ばしたので覚えてないが、なんやかんやあって犯人を見つけジークヴァルトと主人公の距離が縮る展開になってたはずだ。
 ジークヴァルト以外でもこの犯人探しが攻略男子と距離を縮めるためのシナリオだったはず。

(これは‥‥)

―――― チャーンス!?

(ここでサクッと犯人割り出せば、なんやかんやの最中のフラグを立てずしてチェックメイトに近づけるわ)

 リディアの口元がニヤリと笑う。
 既に犯人は解っている。

(いける、いけるわ!)
 
「それではリディア嬢」

 オーレリーの声掛けに我に返る。
 そして水槽を見る。

(待って…、これって爆発するのよね…)

 しかもジークヴァルトが重傷を負うぐらいのヤバい爆発。

「準備はいいですか?」
「あの~~~ちょっといーですかー?」

 不意にリディアが声を上げる。

「どうしましたか?」
「その、緊張でうまく呪文が唱えられそうにないので、代わりに殿下にしてもらってもいいですか?」
「?!」

「「 はぁ? 」」

 皆がリディアの提案に驚き見る。

「おいっお前っっ」

(爆発するの解ってて、やるバカはいないっての)

「殿下が私の保証人なのでしょう?なら私の代わりにお願いします」
「何を言っているのです、あなたは、馬鹿ですか?」

 サディアスがこめかみに怒りマークを付けて低く震えた声で言う。

「保証人なんだから、いいでしょう?」
「リディア嬢、それでもいいのですが、それではあなたは不合格必死、補習となりますがよろしいですか?」
「?」

 オーレリーの言葉に首を傾げる。

「おや、保証人の事を何もご存知ないのですね」
「それは一体…」
「先ほども説明しましたように、属性以外は力は弱く全く出ない場合もあると言いましたね、殿下の属性は火、そして逆属性は水、殿下は水魔法が使えません」

 皆が「あっ」と思い出したように口にすると急いで口元を隠す。
 ジークヴァルトの機嫌を損ねる事を恐れ眼を背ける。

「は?」

 リディアは眼を点にする。
 記憶には水魔法を見事に使って爆発させた映像がしっかりと思い出している。

(もしかして水魔法使える事を隠してる?)

 それなら隠した方がいいのだろうかと一瞬思うも、あの爆発シーンを思い出し瞬殺で消し去る。

(危険回避よ、自己防衛は大事よ、うん)

 そしてとぼけた口調で口を開く。

「オーレリー様こそ何を言っているんです?ジークはバリバリ水魔法使えるじゃないですか」
「!」
「え?」

 今度は何を言っているのかという様に怪訝にリディアを皆が見る。

「何を仰る、殿下は水魔法は…」
「てことで殿下、これお願いします」
「おいっ」

(私が離れれば守らずに済む分、重症負う率は下がるわよね…でも念のためも必要かしら…)

 リディアが話を切り上げその場を離れようとしてサディアスに振り返る。

「そうそう、言い忘れていましたわ」
「?」
「軍師殿は隣で殿下をお守りください」

 怪我されてストーリーが展開されても困るとサディアスに忠告する。
 それを怪訝に睨みつける。

「その言い草、まるで水魔法を使った途端、この箱が爆発でもするというのですか?」

(ここは素直に言っちゃう方が得策ね)

 爆発あるなし関わらず、不信要素があれば国の宝の聖女候補に無理矢理試験を行わせるわけにはいかなくなるし、聖女候補生も近づかせない事も出来るから爆発しても被害は最小限で済むはず。

「はい、なのでやはりここはジーク殿下がするべきかと、私には上手く魔法も防御も出来そうにありませんので」
「「 ! 」」

 皆がリディアの発言に驚き騒めく。
 
「何を言っているのです?私に不備があるというのですか?」
「いえ、枢機卿のせいではありません、これは仕掛けられた罠」
「罠?」
「そんな事、どうでもいい事ですわ」

 そこでレティシアが間に割って入る。

「罠とか爆発とか馬鹿馬鹿しい、ジークヴァルトでも、その偽聖女候補でもどちらでも、さっさと水魔法で箱を割れば真相が解るというものですわ」
「それもそうよね」
「それにそう言って怖がらせて自分が魔力がないのを隠そうとしているのかもしれませんわ」

 大騒ぎして魔力がないのを隠そうとしているという方がこの場合しっくりとくる。
 このリディアは魔物執事の紅い眼に口付けたお騒がせ女だ。
 確かにそうだと皆がレティシアに賛同する。

「まぁ、割れるかどうかも怪しい事ですし」

 嘲笑う様に言うレティシアに釣られて、アナベル派の皆もこれから起こる滑稽が見物とジークヴァルトとリディアを見下す。

「では、私はこれで…」

 そんな事お構いなしにリディアがその場を離れようとしたその腕をジークヴァルトの大きな手が捕まえる。

「真実かどうか確かめるためにもお前はここに居ることを命じる」
「はぁ?」
「俺様にお前の代わりをしろと言ったのだ、その責任は果たしてもらうぞ」
「ジーク様!」

 サディアスが慌てた様子でジークヴァルトを見る。

(おいおい、それではジークの重症負う率上がるでしょうがっっそれに私も危ない!)

 ジークヴァルトの手を放そうと藻掻くもビクともしない。

「ここまで煽られちゃぁ、何もせぬわけにもいかんだろう」
「ですがっ‥‥」
「そろそろ俺様の力を見せつけてやるのもこれまた一興」
「っ‥‥」

 ジークヴァルトの表情から見取ってかサディアスが黙る。
 往生際悪く腕を離そうと藻掻くリディアを大きな男二人が見下ろす。

「俺様がこの箱を割ってやろう、その代わりお前はこの場を離れる事を禁ずる」
「ええ、虚言だと解った所で逃げられたとなっては私も殿下も顔が立ちませんからね」
「っ‥‥」

 ジークヴァルトとサディアスの眼が逃さないぞという瞳でリディアを睨みつける。

(んなもんどうでもいい!離せ!ヤバすぎでしょうがっっ)

 そんな瞳で見られようとこっちは身の危機が迫っているのだ。
 暴れまくるも鉄かと思うぐらいにジークヴァルトの掴んだ手がビクともしない。
 それとは別に、ジークヴァルトが水魔法を使うと言い放った事に皆が驚き見張っている。

「いいか?オーレリー」
「…解りました、では殿下、お願いします」

 オーレリーの承認を得、ジークヴァルトがリディアを胸に抱き寄せる。

(この俺様殿下っ、私をあくまで巻き込む気ねっっ)

 観念して睨み上げるリディアを可笑しそうにニヤ―っと口を引き上げる。

「隠していた水魔法を披露するのだ、しかとその目で見ておけ」
「どうでもいいけど、ちゃんと守って下さいまし、ジークと心中なんて御免ですから」
「まだ爆発すると言い張るのですね」
「そこの軍師もしっかりジークと私を守ってください、あとイザークは下がってていいわ」
「リディア様っ」
「大丈夫よ、この二人が居るなら、イザークは怪我しないように下がってて」

 諭すようにジッとイザークを見る。
 その瞳に逆らえないと解りすすまぬ顔で頷くと傍を離れる。
 皆もまた念のため水槽から離れ教室の端に立つ。

「魔物執事には優しく、国王代理のジーク様を呼び捨てとは、本当にいい度胸をしていますね」
「無駄口叩く前に、さっさと防御壁作ったらどうです?軍師殿」
「この私に命令まで…まったく、本当にどこまで神経が図太いのやら」

 そう言うと皆に爆発時に被害が及ばぬよう防御壁を水槽の周りに作り、そしていつでもジークヴァルトを守れるようにもう一つ水の防御壁を作る。

「では初披露と参ろうか」

 ジークヴァルトがギラっと眼を輝かす。

「あれはっっ」
「本当に…」

 皆が驚く中、ジークヴァルトは華麗に水玉を作り上げる。

「さぁ、お前の言葉が本当か、確かめてやろう」

 水が形を変え線となって渦巻く。
 それが一気に箱へと向かい進む。

瞬間―――――

 大きな爆発音が鳴り響く。
 ジークヴァルトの腕がリディアを抱き込む。

「「「!!」」」

 爆音が鳴りやみ、教室が静まり返る。

「まさか…本当に‥‥」

 皆が慄く中、リディアがジークヴァルトの腕の中から顔を覗かせた。

「ね、言ったでしょ」
「危機一髪でした…」

 サディアスの腕が少し震えている。
 これほど早く爆発するとは予想外だったらしい。

「そうか…、魔法石‥‥」

 上級魔法石に罠を仕掛けていたために、通常よりも異常な速さで爆発したのだ。
 皆が愕然とする中、のんびりした声が響く。

「あー、それで犯人はー、えーと、そうそう間抜けにも、いえいえ、魔法石の欠片に証拠があったはず…いえ、あります」

(確かこんな間抜けな展開と、ご都合主義に苦笑いしたっけか…)

 リディアの言葉にサディアスが急いで魔法石を確認する。

「これはっ」

 割れた魔法石の欠片を見、サディアスの眼が細まる。

「この術式、これを使える貴族は限られています」

 サディアスの手の中の魔法石から術式が消えていく。

「なるほど、すぐに証拠隠滅されるようになっていましたか…」

(え?そんなにすぐに消えるものだったの?)

 術式が消えた魔法石を見る。

(よかったー…すぐに言って)

 間に合わなかったら面倒な事になっていたはずだ。

「サディアス殿」
「オーレリー枢機卿、今日の授業は取り止めを、聖女候補生は皆部屋に戻るように」

 この状態では授業は無理と判断し、サディアスがオーレリーに指示を出す。
 そうして皆が部屋に戻ることになる。

「お前は一体何者だ?」

 皆が帰る中、リディアはジークヴァルトに止められる。

「あなたは敵ではないと言った、今回も犯人はアナベル派の貴族でした、という事は確かにジーク様を助けたことになります、ですが貴方はジーク派という感じには見受けられません、貴方の目的は何なのですか?」

 サディアスもリディアを怪訝に見下ろす。

「別に何者でもありません、普通の男爵の家に生まれた娘に過ぎません」
「どうして罠だと解った?」
「何となく…、そう思っただけです」
「何となくとはなんです!そんな誤魔化しが効くとでも?」

(と言われても、答えられるはずないじゃないですか)

 実は前世の記憶でー、しかもゲームの中の話でー何て言った日にゃ余計に疑われるっていうもの。
 とはいえ、この状況どうしたものかと思っていると思わぬところから助け船が入る。

「それぐらいにしてあげてはどうでしょう」
「オーレリー枢機卿?」
「皆、無事であったのです、まずはそれに感謝することが大事ではありませんか」
「それはそうですが…」
「リディア嬢も緊張に呪文も唱えられない程の状態からこの状況です、国の宝である聖女候補生をまず労わり休ませてあげなくては」

(しめた!)

 リディアはイザークに寄りかかる。

「リディア様っ」
「少し眩暈が…」
「ほら、お疲れのご様子です、大丈夫ですか?」

 その様を疑いの眼差しで見る男を二人を他所に弱弱しい口調と上目遣いで見上げる。
 見た目は華奢で聖女なリディアだ。
 見事に弱っている様に見える。

「大丈夫です…、その‥、部屋に戻っても…?」
「ええ、お疲れでしょう、部屋で十分な休息を取ってください、リディア嬢を頼みましたよ」
「はい、では失礼致します」

 イザークが一礼するとリディアを支え部屋へと歩き出す。

(ふふ、上手く抜け出せたわ)

 忌まわしそうに睨む二人を背に、リディアは心の中でガッツポーズを見せた。

(これでフラグ立たせずに攻略成功よ!)