46話

 リディアは何時もの様に、図書室にいた。
 持っている本を乱暴に閉じる。

「そんなに乱暴に扱っては本が傷むぞ」
「なんでまた居るんです?」

 あのプール以来、ジークヴァルトがリディアを追い掛け回すように出没する。

「ここは公共の場所、居てもおかしくないだろう?」
「仕事はどうしたんです?」
「今は休憩中だ」
「昼もそう言いましたよね?」
「ああ、イザークのランチはなかなか美味だったぞ」
「サディアスに言いつけますよ」
「今のサディに近づくと殺されるぞ?」
「?」
「アナベルが誕生会を盛大に開くと言い出してな、魔物騒ぎに隣国の小競り合いが続く中、厄介ごとが増えて頭を抱えている」
「誕生会?」
「今日は歴史も読むのか、歴史の授業は居眠りこいていたはずだが?」
「‥‥ちょっと興味がでましたので」

 光魔法の記述がないか、今度は歴史路線で探すことにしたのだ。
 そんなリディアが持ってきた本の山の一つを持ちペラペラと捲る。

「で、いつまで居るつもりですか?」
「そうカリカリするな、ほら」

 ジークヴァルトが手をひょいっと振ると、幾つかの本が飛んでくる。

「歴史だとこれらの本が参考になるぞ」
「自分で探しますので結構です」
「まぁ、読んでみろ」

 ずいっと差し出された本に手で触れた瞬間、ハッとする。
 飛んできた本はどれも魔法の歴史も書かれている本だった。

(偶然?)

「なかなかにいい本だろ?」
「‥‥そうですね」
「どうした?怪訝な顔が表に出ているぞ」
「別に」

 もう内容の解った本をパラパラと捲るふりをする。

「解らないところあれば聞け、俺様が直々に教えてやる」
「今のとこ解らない所がないので結構です」
「じゃぁチェックしてやろう、さっきのページに書かれていた嵐の海で船のマストに現れる火の説明をしてみろ」
「セントエルモの火、神が現れた印とか、守護聖人が船を守ってくれていると言われている不思議な青い光」
「正解、では我が国の精火の精霊の名は?」
「サラマンダー」
「我が国での火の精霊の起源は?」
「太陽神より誕生したと言われている」
「ではミクトラン国では?」
「太陽神と火の精霊は同じとされている」
「では、ポントニー国では?」
「この国と同じく太陽神より誕生したと言われています」
「ヨルム国だと?」
「太陽神と火の精霊は別々に生まれたとされています」
「ほぉ、一度読んだだけでそこまで覚えているとはやるな」
「お褒め頂きありがとうございます、この通り聞く必要ないのでさっさと仕事にお戻りください」
「ああ、解った」
「え?」

 あっさりと頷き立ち上がるジークヴァルトに驚き見上げる。

「おや、もっと居て欲しいのか?」
「結構です!」
「安心しろ、明日のランチにも会いに行ってやる」
「だから結構です!」
「じゃぁな」

 手を上げると楽しそうに笑いながら去っていく。

「まったく…、とりあえず」

 手元に持っていた本をパタンと閉じる。

「これで、邪魔ものは居なくなったわね」

 ジークヴァルトが選んだ本を一冊ずつ手に取る。
 この聖女試験を受ける羽目になった一気に読むという方法は懲りたので、今は一冊ずつ読むようになった。
 この方が頭に入りやすいし理解もしやすい。
 まとめて読むと疲れるという事も解った。
 1冊ずつであるとそんなに力を使わず疲れも少なく済む。

「さて、やりますか」

 本の山を1冊ずつ手に取っていく。
 スーッと入ってくる内容を他の本の内容を思い出しながら加味していく。
 一通り読み終えたところで、大量の本を片付けに回る。

「あなたは勉強家なのですね」
「!」

 突然の声に振り返るとそこにはロレシオが立っていた。
 リディアが抱えている本の山を見てニッコリとほほ笑むと、手をひょいと振る。
 あっという間に、本が元の場所へと戻っていく。

「ありがとうございます」
「いえ、たいしたことはしておりませんので礼は結構です」

 そう言うと、幾つかの本を今度は自分の手の中に収める。
 その手の中には植物図鑑などが持たれていた。

「気になりますか?」
「え、いえ…」

 リディアが手の中の本を見ているのに気づき話しかけてきた。
 ロレシオはリディアの中で対象外だ。
 巻き込まれるのはごめんだと思い否定する。

「それとも、男のくせに植物図鑑など…とお思いですか?」
「いえ、そんなことは」

 慌てて首を振る。

「いいのですよ、本当の事を言って下さって、私でも解っているのです、兄上の様にもっと剣術など男らしい事に興味を持つべきだと…」

(あ、あー、また面倒くさいモードに入ったわね)

「でも、好きなのでつい…こうして人目につかぬように取り寄せ読んでいるのです」
「‥‥」
「ふふ、あなたは本当に何も言わず、いつも聞いてくださるのですね」
「いえ、そういうつもりでは…」
「母上も、そうやって何も言わずいつも話を聞いてくれていました」
「‥‥」

(これはまた長くなりそうだわ、今日はもう無理ね‥)

 今日はこれで調べ物は出来そうにないと諦める。
 そこから思った通り長々と話し始めるロレシオの言葉を左の耳から右の耳へと流しながら聞く。
 途中からは足が痛いでしょうと椅子を勧められ、更にこれは長期戦になると内心ため息を付く。

「あ、そうだ…、これを」
「?」

 見た事のない何かの実を乾燥させたものが差し出される。

「これはウラヌ山脈でしか採れないと言われる希少な実を乾燥させた珍味です、お一つどうぞ」
「いいんですか?」
「もちろん、話を聞いてくれたお礼です」
「そんな…」
「一緒に食べる相手が居るというのは嬉しいものです、さ、どうぞ」
「ありがとうございます」

 希少稀な実で珍味と聞けば興味がそそる。
 素直に礼を言うと一つ口にした。

「!」
「美味しいでしょう」

 リディアはコクコクと頭を何度も頷かせる。

(これは美味しいわ、確かに珍味ね)

 見た目果物の様なのにそれはまるで酒のあて。

「お酒が欲しくなりますね」
(これはビールより日本酒?)

 つい本音が零れる。

「ふふ、あなたはお酒もお好きなのですね」
「え、ええ、まぁ」

 大のお酒好きだが、聖女候補がお酒を欲しがるのもおかしな話なので控え目に答える。

「ウラヌ山脈は人が通れない険しい山なので、そこで採れる実は希少稀とされているのです」
「へぇ…」
「我が国から幾つもの隣国に面しテペヨ国に続く深く広大な山脈に希少な植物や動物それを追い求める探検家や、未開の地であるウラヌ山脈に興味を持ち挑む冒険家も沢山いますが、ほとんどが行方不明となり戻ってこれないとされています、運良く戻ってこれた方の証言では一度入ると方向感覚がマヒしてしまうとか…」

(この世界の樹海と言ったところか…)

「実はたまたま山脈から運良く帰ってこれた人に今日出会い植物の話で盛り上がり、その時に譲っていただいたのです」
「それはラッキーでしたね」
「はい、植物好きは男として恥ずかしい事ですが、この時ばかりはよかったと思いました」

 嬉しそうに年相応の少年の様に笑う。

「そういえば、その時に聞いたのですが実は…」
「?」
「そのウラヌ山脈には私たちの知らない部族が住んでいるかもしれないという噂があるそうです」
「部族…」
「ええ、それも神様が認めた者が住まう場所だとか…、だから認められない他から来たものを拒み生きて帰れないとされているのでは…なんて、行方不明があまりにも多いのでそういう噂が広まっているみたいです」

 行方不明が多いと神や祟りやあやかしだと、どの世界でもどの時代でもあるものねと少し苦笑するも、それはそれで妄想が膨らむから嫌いではないなと暢気にそんな事を考えていた。

(そういえば確か、ウラヌ山脈ってこの城の北東からテペヨまで連なるから結構面積広いのよね~)

「…神様どうこうは怪しいですが、部族ぐらいならいてもおかしくなさそうですね」
「あなたもそう思いますか?実は私も居るのではと思っているのです」

 少年の様に目を輝かせてまた話し出す。
 そこからは神話とかウラヌ山脈の変わった植物とか、他の珍味の話とかで思わずリディアにしては珍しく盛り上がって喋りまくっていた。

「リディア様、お迎えに上がりました」
「!」

 話に盛り上がっていてすっかり時間を忘れていたが、イザークが来た事により我に返る。

「あなたが…兄上が…」

 さっきまでと打って変わって厳しい表情でイザークを睨む。

(久しぶりね、人に睨まれるイザークの図は…)

 聖女施設内では何もしないイザークに慣れてきたのか、イザークを見て睨む者や怯える者は見掛けなくなっていた。フェリシーやジークヴァルトが一緒にイザークのお茶やおやつを頂いているのを見て、恐怖心が取れてきたのだろう。
 そうなると逆に端正な顔をしているイザークだ、隠れて気になっているお嬢様やメイドが居るのをリディアは気づいていた。
 だけど、施設の外に出ればその容姿への当たりはまだまだ厳しい。

「リディア嬢、もし兄上で困った事があればいつでも相談に乗ります、遠慮なさらずいつでも言ってください」
「ありがとうございます」

 頭を下げるリディアの手を両手で握りしめる。

「必ずですよ」

 真剣なまなざし。

(これは相当ね…)

 言葉を発せず頭だけ軽く下げる。

「では、失礼いたします」

 もう一度頭を下げると、やっと解放された図書室を後にした。