80話

「リディア様、どうぞ」

 差し出されたお茶を飲みながら、本日のイザークの作ってくれたお菓子を食べる。

「んー♪今日のも美味しい♪」
「お口にあったようで良かったです」

 いつも通りのティータイム。
 ちらりと腰に巻きつくリオを見る。
 あの日、思った以上に早くリオが帰ってきた。
 リオの後に数時間遅れてジークヴァルト達が到着。
 そこで聞いた話が、リオが大活躍し、同時にジークヴァルトの機転であっという間に終結したらしい。
 キャサドラが言った様に無事に終わった。

(かなり張り切ってたという話だけれど…そのお陰で何とかなったとか…)

 思い当たる節がある。

(絶対あのギュっだ‥‥)

 初めてリオを抱きしめた。
 あれで、絶対リオが張り切りまくったのだろう。

(まぁ、無事に早くに集結できたのだから、良しよね…)

「また、もうすぐ試験でございますね」
「そういえば、オーレリーが言ってたわね」
「次は、リディア様が前回ダントツトップを取られたのと同様に重要な試験とか…」
「どういった試験なの?」
「魔力量を調べる試験だと聞いております」
「魔力量…」

(流石にこれは誤魔化し効かないわね…)

 とはいえ、自分に凄い魔力量があるとも思えない。
 未だピカッと光らせた後倒れる事が多い。
 それに、生活魔法すら出せないのだ、普通にはあるだろうが、凄い魔力量があるとは思えない。
 イザークも魔力を感じるとは言うが、魔力量が多いとは言わない。

(ん?そう言えば、イザークに聞いた事ないわね)

「ねぇ、私の魔力量ってどれぐらいだと思う?」
「魔力量ですか…」

 イザークが考えるようにリディアを見つめる。

「その、魔力があるのは感じるのですが、リディア様の場合、感じるだけであり、量を測ることができないのです」
「?」
「普通ならば、感じられない魔力の場合、量が少ないという事なのですが…、リディア様の場合それとは違い、何と言うか…魔力があるとだけ解る様な…そういった感じなのです」

(魔力量がイザークでは解らないという事か…)

「じゃ、沢山あると思う?」
「解りません」
「そうよね…、でもすぐに倒れちゃうから、そんなに多くはないと思うのだけど…」
「そうですね…、何とも言えませんが…」
「レティシアはどれぐらいあるの?」
「物凄くというわけではありませんが、十二分に魔力量がございます」
「そう、なら大丈夫かしら?」
「…そうですね」

 リディアにここに残って欲しいイザークが複雑な面持ちで答える。

「次でレティシア様が1位を取れば、ほぼ確定と言ったところでしょう」
「そうなんだ!」

 イザークが苦笑するのと反対にリディアが嬉しそうに笑う。

「リディア様が獲得した試験はとても重要度の高い試験なため、今まだ3位なのです、それと同等に位置する重要度の高い試験です、フェリシー嬢がこの前の試験を落としたため、ここでフェリシー嬢が落とせば、残りの試験全てトップをとらなければ聖女になれません」
「そうだったんだ…じゃ、フェリシーは…ん?いや、まだチャンスがある?」
「そうですね、今回の試験は魔力量、不正は出来ませんから、本当の実力勝負という事になります」
「ちなみにフェリシーの魔力量は?」
「レティシア様とほぼ互角かと…」
「てことは、フェリシーが取ったら、フェリシーが聖女になる?」

 逆にレティシアが残りの試験を2つ以上落としたらフェリシーが聖女になるという事だ。

「可能性はまだありますね、ただ…」
「?」
「ロドリゴ教皇がそれを許すかです」
「ああ…そうか」

 レティシアになってもらいたいロドリゴ教皇がこの後、レティシアに全勝させるように不正を行う可能性が高いという事ね。

「圧倒的にフェリシー嬢の魔力量が上回っていれば、加算点もあるので、レティシア様にはもう見込みはなくなるのですが、見た所、ほぼ互角、という事は…」
「どちらにしろレティシアが聖女になる可能性が高いという事ね」
「はい」
「という事はレティシアが聖女ほぼ確定か…あれ?」
「如何なさいましたか?」
「サディアスは私を聖女にしようとしているのよね」
「そう見受けられますね」
「でももうレティシアに決まりでは?」

 その言葉にイザークが首を振る。

「いえ、先ほども言いましたようにリディア様が獲得した試験はとても重要な試験です、次を取ればレティシア様と並びます」
「へ?」
「ずっと最下位を維持していましたが、その間レティシア様とフェリシー様は互角、点を取り合い状態なため、次の重要試験をリディア様が取れば、レティシア様、それともフェリシー様とに並びます」
「!」

 どちらかが一方で首位に着ていればリディアにはもう勝算はすでになかった。
 だが、レティシアとフェリシーが互角に戦ったためにお互いの点を削り合い、結果リディアにも勝算が残ってしまっているという事かとリディアは唖然とする。

「3位とはいえ、あの時、1位だけでなく重要な試験でのダントツトップを取ったことでかなりの加算点もございました、そのためリディア様はレティシア様フェリシー嬢に今も並んでいるのです」
「う…そ…でしょ?」
「本当です、ただ、このまま最下位を貫けばリディア様は完全にレースから外れます、ですので次の試験はリディア様にとってとても重要な試験、レティシア様とフェリシー嬢が競い合う事がなければ、今頃既に敗退が決まっていたでしょう、ですがレティシア様とフェリシー嬢が競い合ってくれたおかげ…といいますか、それで未だ同等にございます」

 愕然とする。
 
(そうか…それでサディアスは私を…てことは…)

 もしかしたらロドリゴ教皇と同じく、私が負けても不正を行う気満々だったわけかと苦笑いを零す。

「聖女試験って汚れまくってるわね‥」
「神話と言われる聖女が現れたのは随分と昔の話にございます、今現在までのその間に政事に利用されるのも仕方ないかと…」
「こんな美味しい信仰、利権が絡まないはずがないという事ね…」
「はい」

 どの世界でもどの時代でも、利権が絡むと汚い取引は横行するのは仕方ないかとお茶を啜る。
 制したところで欲に駆られた人々はあの手この手と僅かな隙間があればそこを掻い潜ってくる。
 そうした輩は手にさえ入れば他に痛みを感じない人間だ。
 どんなことでもしてくるだろう。
 しかも『聖女』みたいな象徴的な金も権力も地位も得られるような利権、どんな手をしても手に入れたいと思うだろう。
 表上は綺麗な世界でも蓋を開ければドロドロだったなんてのはよくある事だ。
 それが良い悪いではなく、そういうものだ。
 それをどこまで制することが出来るか、だ。

「ん?でも待って…」
「如何致しましたか?」
「不正が出来ない試験…、私が3位以下だったら聖女降格ってことよね?…サディアスはもしかして知らなかった?」

 私が負けて2位ならそこから不正攻防戦に突入なのだろう。
 だけど私が3位以下に落ちれば聖女降格、降格した者を聖女にするには、かなり無理がある。
 サディアスの仕掛けにしては遅すぎる。

「試験内容は教会側で完全に伏せられています、直前にならなければ次の試験が何なのかは解りません」
「でも今までの試験を照らし合わせれば解るわよね?」
「ええ、多少は、その時々で内容を変更されますので、完全に同じとは言えないのです」
「重要度が高い試験でも?」
「はい、計測試験は今までもありましたが、量ではなく質であったり、力であったり、その時々で変更されています、その時に今必要な力で変更があるようです」
「でもそれらはどれも不正は不可能でしょう?」
「いえ、質と力は可能かと」
「どうやって?」
「魔法石です、魔法石なら質を高めたり力を高めることが可能です、ですが量は計測では変える事は不可能」

 前の魔法石で暴発した事件を思い出す。
 あれは力を増した例だろう。
 一見量が増したように見えるが、力が増したためにそう見えたのだ。
 また魔法石は力を封じ込めるのが本来の役割。
 先に誰かの質の高い魔法を封じ込めておけば、それを使えば質も誤魔化せられる。

「なるほどね…、量だけは誤魔化せないか…」
「はい、過去の試験を見ると、ほとんどが質か力の試験でした」
「…てことは、不正しまくってたわけね」
「そうだとも捉えられますね」

 という事は、今回はレティシアが参加している。
 次でレティシアが聖女に決まるかもしれない試験。
 ロドリゴ教皇はレティシア派。
 当然、質か力の試験となるとサディアスは踏んでいたのかもしれない。
 でないと、あのサディアスにしては行動が遅すぎる。

「そろそろ時間です、教室に戻りましょう」

 イザークが華麗な魔法であっという間に片付ける。
 そしてリディアに手を差し出す。

「ええ」

 その手に乗せる。
 既に膝元にリオはいない。

「気にしていても仕方ないわね、こればかりは運に任せるしか」
「そうですね、まだ期間もありますし、今出来る事をするのが良いかと…」
「そうするわ」

(それによく考えたら決まったとしても逃亡すれば関係ないわよね) 

 自分が逃亡すれば、結局レティシアに決まるだろう。
 ジーク派でない分、更に権力争いが激化はするだろうが

(私には関係ないわよね)

 攻略キャラの問題は、あとジークヴァルトで終わりだ。
 そこまでできればきっと権力争いが激化しても大団円なのだから、ジークヴァルトが何とかするだろう。

(私が今できる事は、逃亡準備を進める事だわ)

 サディアスはナハルと戦争がいずれ起こると予想した。
 だが、ナハルでなくミクトランが動いた。
 戦況がどう動くか今は全く予想がつかない状況だ。
 それに他の国との関係性も今どういった関係かを詳しくは知らない。図書室の本では解らないところだ。
 聖女試験どうのこうのより、そっちの方が逃亡する自分にとっては一番気になる所だ。
 魔物に関しては自分の魔法でどうにかできるにしても、戦争はどうにもならない。

(逃亡経路や住む場所は出来る限り、戦と関わらない場所を選ばなければ…)

 戦が近くであっては夢のぐーたら生活どころではない。
 怯えてクローゼットに隠れてた幼少期を思い返す。
 またあの状況になるなんて絶対に嫌だ。

(色々情報を探らないとな…)

 そんな事を考えながら、リディアは教室へと戻っていった。

「凄く素敵です、フェリシー様」

 ジークヴァルトの面会用のドレスが届き、それを身に着けスカートをふんわりさせながら回る。

「ふふ、ありがとう!ホント、素敵だわっ♪ 私もとっても気に入ったわ!」

 鏡の前でポーズを決める。
 デザインや色などユーグや職人を呼んで、あれでもないこれでもないと思案に思案を重ねて苦労して作り上げたドレスだ。

「フェリシー様のお可愛いらしさを十分に引き出したドレスですね」
「これに生花を付ければ完璧ね♪」
「ええ、面会の時までに間に合いそうで良かったですね」
「ええ、これでジークヴァルト様に安心してお会いできるわ、ジークヴァルト様これを見て可愛いと言って下さるかしら…」
「大丈夫です、これに生花を付けたフェリシー様は誰よりもどの女性よりも美しくお可愛らしいことでしょう、殿下もきっと一目見て見染めてくださいます」

 『見染めて』の言葉に頬を赤らめ手を当てる。

「さ、ドレスを汚さぬよう、一旦御脱ぎになってください」
「そうね」

 ドレスを脱ぎながら、頭ではジークヴァルト殿下にプレゼントしようと考えているケーキの事を思い描く。

「ねぇ、ケーキに用いる果物の準備はどう?」
「大丈夫です、手配は完璧です」
「そう良かったわ!ジークヴァルト殿下、喜んでくださるといいけれど…」
「フェリシー様の心を込めた手作りケーキです、きっと喜んでくださいます」
「そうだったらいいな…いえ、そうよね、ジークヴァルト殿下はお優しいもの、きっと喜んでくださるわ」
「ええ、思ったほど時期が伸びなくて良かったですね」

 それに応えるように嬉しそうにニッコリ笑い頷くフェリシー。

「ああ、今からドキドキしてきたわっっ」
「ふふ、ではドレスを片付けてきますね」
「あ、ユーグ、この後エステの用意を、花の香りを纏って殿下にお会いしたいの」
「畏まりました、メイドに準備させます」

 もう一度鏡に映る自分を見る。

「ジークヴァルト殿下…」

 うっとりと脳裏にジークヴァルト殿下を思い描く。
 花の香りを身にまとい、あの素敵なドレスでお会いしたら、殿下はどう思ってくれるのだろうか?

(本当に一目で見染めてくれたりしてっ)

 カーッと顔を明らめ両手で頬を覆う。
 自分は王妃になるべく生まれた存在。
 もしかしたら本当にそうなるかもしれない。

(ジークヴァルト殿下にとって私は運命の人ってことになるのよね?)

 あの素敵なドレスを着たフェリシーを見て驚き熱い眼差しを自分に向けるジークヴァルト殿下を想像する。

「きゃーっっどうしましょう、恥ずかしくて顔を見れないかもしれないわ」
「フェリシー様、エステの準備ができました」
「はーい!すぐ行くわ」

(あー、早く来ないかな~面会の日!早くあのドレスを着てお会いしたいわ…)

「ジークヴァルト殿下…」
 
 浮足立つのを抑えながらメイドの元へと向かうのだった。