50話

「それより、お腹空いたわ」
「では、改めて…」
「チッ、お前なぜこんな所にいる」
「嘘でしょ…」

 今度はジークヴァルトがひょこっと現れる。
 やっとご飯にありつけると思ったのにと睨みつけようとしたリディアをひょいっと持ち上げると思いっきり草むらへと放り投げられた。

「うわっ」
「リディア様っっ」

 追ってイザークが草むらに入ったところで、カツカツカツっと甲高いヒールの靴音を聞く。

(今度は何よーっっ!!)

 またご飯にありつけなかったリディアが怒りながら草むらから顔をのぞかせる。

「!」

 そこにはゴージャスな衣装に煌びやかな装飾を身に纏った気の強そうな貫禄のある女性が立っていた。

「あら、国王を裏切った女の子供がこんな所で何しているのかしら?代理になったのをいい事にまた悪巧みでも練っているのかしら」
「これはこれは今日もまた目が眩むほどに美しい装いですね、アナベル王妃」

(この女がアナベル…レティシアの母か…)

 宝石だらけのその装いに、確かに目がチカチカする。
 『目が眩むほど』とは正にそのままねと苦笑する。

「王妃様ほどのお方が、この様な場所に何用か?」
「娘を訪問するのに王妃も立場もないでしょう?」
「レティシアの所ですか」
「ええ、娘より偽物が紛れ込んでいると聞いて心配で赴いたの、偽者かどうかこの目で確かめてそれ相応に処分をしないといけないでしょう?」
「権限は国王代理である俺にある、口出しは無用」
「ああ、そうだったわね、国王を騙して手に入れた権利あなたが持っていたわね、国王を裏切った女の子だけあって狡賢い事」
「何とでも、そういう事でお引き取り願おう」

(なるほど、それで私を草むらに隠したわけね)

 そういやここは権力争いの真っただ中だったと思い出す。
 重要なテストでダントツ一位を取ったリディアはアナベルにとってとても邪魔な存在だ。
 ジークヴァルトはそんなアナベルからリディアを遠ざけたいのだろうと納得する。

「そう、…じゃぁ見物するだけにするわ、娘に会いに行くぐらいは良いでしょう?」
「‥‥ええ、もちろん」

 娘に会いに行く王妃を止めることはできない。
 仕方ないとジークヴァルトが道をあけようとした時だった。

「リディアー!」

(あちゃ~、また間の悪い…)

 フェリシーがその場に駆け込んでくる。
 その後を追ってフェリシーの執事ユーグも続く。

「っ、アナベル様!…それに殿下」

 驚き急いで首を垂れるフェリシーとユーグ。
 そんなフェリシーの登場にジークヴァルトも心の中で舌打ちする。

「今リディアと言ったわね、そう言えばジークヴァルトが連れて来た聖女候補の名も同じリディアと言ったかしら?」
「は、はい、リディアは殿下がお連れになった聖女候補生で、共に学ぶ私のお友達です」
「あら、あなたも聖女候補生だったのね、それでどうしてここへ?」
「あの、先ほどここにリディアが居たので、その…庭園の花が素晴らしく綺麗だったのでやっぱり一緒に見ようと誘いに戻ってきたのです」
「先ほどまでここに?」
「はい、そこに」
(チッ)

 そこにリディアが尻に敷いていたハンカチがあった。
 聞こえないようにまた舌打ちをするジークヴァルト。

「あら?ハンカチ忘れたのかしら?」
「そう言えば、彼女には優秀なローズ家の執事がついているとか…」
「はい!イザークは目は紅いですけど、とても優秀な執事でお茶も凄く美味しくて、本当に何でも完ぺきで凄いんです!流石ローズ家の執事だといつも感心しています!」

 正義感が強いフェリシーがイザークの誤解を解くために、ここぞとばかりに売り込み株を上げようと鼻息荒く答える。

(あちゃー)

 フェリシーとアナベル勢以外、頭を抱える。

「そう、そんなにも優秀なのにハンカチを忘れるなんて、よっぽどの事があったのかしら?ねぇ、ジークヴァルト」
「‥‥」
「殿下?」

 ここで少しでも何か答えれば良い様に持っていかれるとジークヴァルトが押し黙る。
 返事を返さないジークヴァルトに首を傾げ見るフェリシー。
 そんなフェリシーが閃いた様に顔を上げる。

(ジークヴァルト殿下はアナベル王妃が苦手なのだわ!なら私が何とかしてあげなければ!)

 また正義感をたぎらせたフェリシーがアナベルの方を見る。

「あのぉ…、人間ですもの、忘れ物一つぐらいする事だってありますわ!」

 その一言にアナベルの眼がスッと細まる。

(余計な事を…)

 ジークヴァルトとリディアが心の中でぼやく。

「…頂けませんわね、王家に仕える執事家系の者が忘れ物をするなどもっての外…報告では魔物と耳にしたわ、魔物ではローズ家でも劣化してしまうのかしら?」
「イザークは魔物じゃありません!」

(あーあ…)

 まんまとのせられるフェリシーに更にジークヴァルトとリディア、そしてイザークも頭を抱える。
 その目の前で扇子を広げ口元をニヤつかせる。

「まぁ、ここにも魔物に誑かされた聖女候補生が居るとは大変だわ」
「え…?」
「まだ近くにいるかもしれないわね…、すぐにこの辺りに魔物が居ないか探しなさい!」
「はっ」

 アナベルの臣下が一斉に動き出す。

(ヤバイっっ)

「リディア様こちらに」

 イザークに手を引かれその場を抜け出し駆け出す。

「待ってください!イザークはっっ―――ひっ」

 じろりと睨まれ、その余りにも冷淡な瞳に震えあがりフェリシーが黙り込む。

「誑かされたのよねぇ?それとも、私をあなたが謀ったのかしら?王妃である私を謀るなど聖女候補であっても国を脅かす存在には変わりはない、国を脅かす聖女候補など要らぬ存在、ここで処分してもよろしくてよ?」
「な‥‥」
「失礼ですが、王妃!フェリシー様は人を謀るようなお人ではございません」

 執事のユーグがフェリシーを庇う様に前に立つ。

「そう、城が用意した執事にも信頼してもらっているとは…信じてあげてもよろしくてよ…」

 その言葉にユーグとフェリシーがホッと胸を撫で下ろす。

「そうそう少し耳にしたのだけれど、そのイザークとやらは黒魔法を使ったとか」
「!」

 フェリシーが驚き胸に手を当てる。
 
(チッ…刺客がいたか…)

 ジークヴァルトがマズいなと背に汗を流す。

「嘘…、イザークが黒魔法なんて…」
「紅い眼に黒魔法、魔物以外の何物でもなくてよ」
「そんな…、イザークは本当に魔物…?リディアが嘘をついていたの?」
「誑かされていたのも気づいていなかったのね、可哀そうに…」
「フェリシー様…」
「わ、私、イザークのお茶を飲んじゃった…」

 吐き気を催し口元を抑える。

「ううっ…」
「フェリシー様!大丈夫ですかっっ」
「気にし過ぎだ、あいつの茶なら俺も飲んだがほれ、ピンピンしているわ」
「殿下‥‥」

 安心させるように言い放つとフェリシーはジークヴァルトの優しさに目を潤ませる。

「ピンピンねぇ…、元気そうにしている割には顔色がよろしくなくてよ?何かご存じなのかしら?」
「い~や全く初耳だな、それよりこの聖女候補を許したのならもう開放してやってもいいだろう?」
「ええ、さっさと消えなさい、田舎臭くて鼻が曲がりそうだわ」
「っ…、し、失礼いたします」

 体を震わせ頭を下げるとユーグに連れられその場を去る。

(よし、邪魔ものはいったか…)

 やれやれと気取られぬように息を吐くと、どう切り抜けようかとジークヴァルトはアナベルを見た。
 
 そんな中、リディア達は必死に逃亡を図る。
 だが王妃に仕える臣下だ、見事に逃げ場を失くすような動きで四方八方からやってくる。

「マズいですね…」

 行く手が阻まれ行き場を失くす。

「とにかくこちらに身を潜めるしか」

 背後の生い茂った茂みを見る。

(ここに隠れたところで時間の問題よね…)

 相手はここに追い詰めるように探しているのだ。
 草むらに隠れたとしてもすぐにバレるだろう。

「私が囮になります、リディア様はこちらに隠れてください」
「いいえ、それではダメ…、私が囮になるわ」

 魔物が誑かしたという事になったのだ。
 今イザークが出ていく方がイザークの命が危険だ。
 何だかんだ言ってその場で処刑されてしまうかもしれない。

「ですがっ」
「いい?私が囮で駆け抜ける間に、安全な場所で身を潜めていなさい」

 どうみても自分の執事を自分の命に代えて守るようないいことを言っているように見えるが、皆さまお忘れではないだろうか。リディアがそんなこたぁ思うはずがない。リディアの思考はこうだ。

(イザークが死んだらぐーたら生活に支障大ありよっ)
 
 いいことを言っているようで中身は相変わらずゲス思考を巡らすリディア。

(死亡エンドがないなら、絶対私、死なないし、雑い設定なら何とかなるでしょ)

 お得意の短絡志向も、もれなく発揮していた。

「いけません、あなたを危険にさらすなどできません!」
「大丈夫、聖女候補生だとなっている今、何もしでかしていない私はそうそう簡単に処分などできないわ、でもイザークは違うでしょ?」
「っ…」
「魔物ならば簡単に処分できる、いいこと?時間を稼げばジークがイザークも処分できないように手は打ってくれるはずだから今は身を隠しておきなさい」

 足音が近づく。

「さぁ、早く!!」
「‥‥リディア様、‥‥すみません!」
「え…」

 リディアの体がトンと押され、茂みへと倒される。

(そんな‥‥)

 倒れていく中、驚き振り返る。
 スローモーションのように映る瞳にイザークが優しい笑みを浮かべその場を駆け出していく。

「待って!イザークっ」

 倒れた体を慌てて起こし、その背を追おうとして立ち上がりかけた瞬間、辺りが光に包まれる。

「?!」

 何が起こったのかと地面を見たその目に古代文字のような石板が茂みの下にありそれを自分が踏んでいる事に気づく。

(これは一体?――――っ)

「ちょっっ」

 次の瞬間、ぽっかりと穴が開く。

(穴?!やばっ落ちる!!)

 地面がなくなった足元に焦るもどうしようもなく、その穴へと落ち行く。

「ひゃぁぁっっ」

(どうなってんのよっっこれっっ!!この大変な時に!!)

 リディアの心の叫びも虚しく穴の底へと落ちていった。