目の前の淡い金の髪を靡かせ立つ小さな女を呆然と見下ろす。
「今、何と?」
「だーかーらー、今すぐクルルに向かって!あなたのお父さんが暗殺されそうなの!」
サディアスはいきなり現れて捲し上げるその小さな女リディアの真剣な眼を見、考える。
(冗談を言っている様には…見えませんね、それに第一試験の時も橋の爆破を予知した、魔法石の時も…)
「それも予知ですか?それとも何か根拠でも?」
「予知でもあるけど私の知り合いの行商人からもそれに関する話を聞いたから間違いないと思う、詳しい話はおいおい行きながらイザークが話すわ」
「‥‥あなたは今回も人任せですか?」
「当然よ、私は大団円を目指しているけど危ない橋は渡りたくないの」
「大団円?‥‥それはさて置き、危ないとは?」
「バイオテロ、要はナハルで流行っている疫病をあなたのお父さんにうつそうとしている行商人を装った人がいるの」
「ナハルの疫病?…確か死人が沢山出ているとか‥‥」
「早く行って!お父さんが死んでもいいの?!」
「一刻を争うようですね、ではイザーク、ジーク様にこの事を伝えに行きなさい、そしてあなたは私と一緒に」
「は?今の話し聞いてた?」
「リディア様をそんな危険な場所に行かせるわけにはいきません!ジークヴァルト殿下への伝言はあなたの部下にお頼みください」
「それでいいのですか?あなたは」
リディアをサディアスが目を細め見る。
「‥‥何よ?」
「もし仮に本当に疫病だったとして、魔物で噂されているイザークがそこに居ても?」
「!」
「アナベルは喜んでイザークを犯人扱いなさるでしょうね、相手が魔物だとしたらジーク派すら味方になるやもしれません、そうすれば簡単にイザークの死罪が決まるでしょう」
サディアスの言葉に黙り込む。
余りにもあり得る話だからだ。
「イザークはジークヴァルト様の元で待機すれば、イザークでないという証拠にもなります」
「‥‥アリバイね」
「それに私はあなたの言う行商人がどんな方か解りません、またあなたの知り合いの行商人も解りません、未然に探すにも顔が解りませんし、その知り合いの行商人とも落ち合う事も出来ない、また城に来たとしても間違って殺してしまったり、追い返してしまってはダメでしょう?リオは私の前だと姿も現さないかもしれませんし、あのリオがその知り合いの行商人を庇う事をするというのはあり得ない、彼は貴方しか見ていませんからね、そうなると私には全く判断がつかない、一刻を争う今、私一人行っても手遅れになるかもしれない」
「‥…解ったわ、私が行く」
「リディア様!」
どう考えてもイザークが行けないとなるとサディアスの言う通り自分が行くしかない。
城に入る以前に見つけるのが一番ベストだ。
そうなると先にディーノ達と落ち合いたい。
イザークが行けない今、行商人の顔を知るのは自分だけだ。
リオもサディアスの言った通り、リオは自分の命令に|だ《・》|け《・》従う。
サディアスに報告を命令していないとなれば、姿を現さない可能性も十分に考えられる。
「イザークはジークに話してその場で待機してて」
「ですがっ」
「大丈夫、何とかなるって」
(私主人公だし?主人公補正で死にはしないだろうしね)
お得意のお気楽思考が炸裂する。
「では、決まりですね」
サディアスが部下を呼び色々命令を下すと、もう一度こちらを向いた。
「さぁ、参りましょう、あなたの予知の検証に」
「疑っているわね」
「私の性質をよくご存じでしょう?」
承諾したもののこの男と一緒かと思うとリディアは内心ため息をついた。
「これは?」
「向こうに着いたら、これを被って、スカーフも鼻まで隠して、絶対鼻を出さないで」
「うつらないために相手も包帯グルグル巻きという事ですから、まぁ理解しますが…これは?」
アルコール度数の高い酒を手にする。
「アルコール消毒よ、それでウィルスをやっつけるの」
「…うぃる…?」
「その疫病の原因が結構これでやっつけられるはずよ」
疑いの眼差しがリディアをちくちく刺す。
(ウィルスとかって概念がまだここの世界にはないに等しいからなぁ…)
未だ宗教で神頼みとか悪霊払いとかやってるところもある。
ここでこの話をしても理解を得るのは難しいだろう。
相手はサディアスだ、色々聞いてくるに決まっている。
専門家でも何でもないし、突っ込まれても困る。
(それに話すの面倒だしなぁ~…)
「ああえーと、とにかく疫病を甘く見ないでと言ってるの」
「甘くは見ていませんが…、まぁ色んな予知をしてみせたあなたです、ここは甘んじてあなたの意見を聞きましょう」
「ありがとう」
「ほう、あなたでも礼を言えるのですね」
「あなたが私をどういう風に見ているのか何となく理解したわ」
「それは良かった、暫く共にするのです、二人行動には理解は必要ですからね」
「大丈夫、貴方が思っている以上に私は貴方を理解しているわ」
(一度は攻略したキャラですからね)
全部を思い出していないとしても、一応攻略したキャラだ。
それにこういったキャラは色んな乙女ゲームで攻略してきた。
ドSや上品に苛め抜くキャラは人気が出るから大体乙女ゲームには一人は攻略メンバーに入っている。
そしてお決まりパターンの性格というのがある。
人気属性キャラになればなるほど、そのお決まりパターンに忠実だ。
(だって人気が約束されているのだから!)
「では、行きましょう‥‥って、何をしているのです?」
サディアスが乗る馬に乗ろうと必死にしがみ付く。
「見てわかるでしょ?馬に乗ろうとしているの」
「…聖女候補で、男爵家と言えど一応貴族の女性が乗馬も出来ないのですか…」
この世界ではというか、このアグダス国では貴族は女性でも乗馬は出来る。
それが貴族の嗜みでもあるという風潮だ。
これはアグダス名産の中に馬があり、アグダスの馬は名馬をたくさん生み出した。
そのため各国がアグダスの馬を欲しがるほどに優秀な馬の種が豊富なのだ。
その誇りがアグダスの貴族が馬に乗れないのは恥ずかしいとされ女性も乗馬をする。
乗馬と言っても、ただ馬に乗ってその辺歩く程度で、女性は基本馬車だし、乗馬は男性に乗せてもらうモノだ。
とはいえ、アグダスの貴族の女性なら馬の背に乗るぐらいは簡単に熟す。
「悪かったわね、両親が居た頃も殆ど両親不在で執事もメイドも危険だからって馬なんて乗ったことなかったのよ」
それに乗馬を始める頃にはあの義理家族の元へ引き取られた。
なので乗馬の経験はなく、馬の乗り方を知らない。
周囲は誰もが乗れるものと思っているため手助けもない。
で、今の状況、情けない格好で馬にしがみ付いていた。
「‥‥はぁ、仕方がありません」
リディアの腰に手を回すとグイっと引き上げ自分の前に乗せる。
「お間抜けなあなたの姿を見ているのもいいのですが、時間がありません、行きましょう」
「ひゃっ」
急に走り出す馬にサディアスの胸にしがみ付く。
「おや、そうしていると普通の女性に見えますよ?」
「っっ」
「ああ、喋らないように、舌を噛みます」
(こんのぉぉおおおっっドS軍師っっ!!!知ってて急発進したわね!!)
怒り心頭するも今は必死にしがみ付くしかなくサディアスの胸に抱き着く。
こうして心配そうな表情で見送るイザークを後にした。
「ぜーはーぜーはー」
「ふっ、足ががくがくで、まるで生まれたての小鹿のようですね」
「うるさ―――っ」
「っと」
ふらっと倒れるリディアを抱き留める。
途中、内容を聞くために少しだけ速度を緩めてくれたが、それ以外すべて全速力で休むことなく駆け抜け、あっという間にクルルのヴィルフリート邸に着いた。
早く着いたのはいいのだが、馬に慣れていない上にいきなり全速力で何時間も駆け抜け、激しい揺れにしがみ付いていた手も足も腰も尻も体全体がガクガクで痛い。
そんなリディアを抱き留め見下ろす目が楽しそうに笑っている。
それがまた腹立たしい。
「サディアス様!」
幾人かの館の者達がサディアスの元に集まってくる。
「これはこれは!」
「こんな突然にどうしたのです?!」
「っ女性…?!もしやその人がサディアス様の?!」
「これはめでたい!」
「旦那様も大恋愛での結婚でしたからね~」
集まった者達があらぬ方向で勝手に盛り上がっていく。
「いや、違い―――」
「一つ聞く、この館に行商人は来たか?」
否定しようと口を開けたその背でサディアスが口にした。
「いいえ、来ておりません」
「そういえば…」
「何か思い当たることでも?」
「はい、我が名産のクルル芋に異変がありまして…」
「異変?」
「変な病気が流行っているんですよ」
「報告を聞いていないが…」
「ええ、ここ数日の話です」
「それでまだ報告が上がってないのか」
「だと思います、それで、その病気を治す薬と言うものを持っているという行商人がおりまして、明日、その行商人を招きヴィルフリート様とお会いすることになっています」
「!」
サディアスと顔を見合わす。
(間違いない、それがその行商人だわ)
「それよりも、さぁ、ヴィルフリート様の所へ!喜びますよ!」
「こんな可愛いお嫁さん連れてきたとなったら、さぞ大喜びするでしょう!」
「え、あ、だから違―――」
「父上はどこに?」
「先ほど偵察から帰って来ましたから、すぐにお会いできると思います、さぁさこちらにお嫁さんも」
「私は先に言ってヴィルフリート様に知らせに行ってくるよ!」
「あ、だから、私は―――っっ?!」
ぐいっと肩を引かれ抱き寄せられる。
「さぁ、行きましょうか」
そう言って誰をも魅了する優しい笑みを作る。
「っっ?!」
「あんな優しい笑みをされるなんて!サディアス様はお嫁さんにベタ惚れですね!」
「いやぁ、ヴィルフリート様の若い頃を思い出しますな!」
(この策士めぇぇ―――ッッ絶対この状況楽しんでいるわね!?)
こうして完全に誤解されたままヴィルフリート様の居る所へと向かう事になったのだった。