38話

 心地よい日差し。
 心地よい声。
 心地よいだるさ。

(ダメだ…)

 リディアは重たい瞼に負ける。
 そして気づけば教室にいたはずが、いつの間にか噴水の近くにある東屋に居た。

「今日もいい寝っぷりだな、オーレリーも呆れていたぞ」
「!」

 聞き覚えのある声にガバッと起き上がる。

「どうしてジークがここに?」
「用があって来てみれば、お前を抱いてこちらに向かう魔物執事がいたからついてきた」
「ついてこなくてもいいのに…」
「何か言ったか?」
「いいえ、別に」

 起き上がったリディアにお茶を用意すると、背後に立ち髪を整え始めるイザーク。

「そういやお前の弟君もなかなかに面白いな、くれ」
「本人に言ってください」

 数日ぶりに姿を現したリオは「姉さまのために僕頑張ったよ!」と聞いてもない報告を聞き、やはり戦場に連れて行ったのだと理解した。

「アレはお前の言う事しか聞かんだろう」
「私をダシに駒に使ったのはあなたでしょ」

 何時もの様にピリピリとした空気が流れる中、先に出されていたイザークの茶を飲む。

「ふむ、美味いな」
「イザークはあげないわよ」
「弟より魔物を庇うか」

 リディアもお茶を口にしようとしたら、そこで歓声を聞く。

「ジークヴァルト殿下!」

 フェリシーが顔を輝かせ走り寄ってくる。

「こいつは?」
「聖女候補生にこいつとか言っていいんですか?」
「り、リディア、いいのよっっ、あ、あの、お初にお目に掛かります、フェリシーと申します」
「ああ、遅れてきた聖女候補生の…」
「はい!殿下にお会いできるとは、至極光栄にございます!」

 感激に瞳を潤ませる。

「あの…、私もご一緒してよろしいでしょうか…?」
「構わん」
「ありがとうございます!」

(これは…)

「では、私はそろそろ…」

(逃げるチャンスね)

「!」

 席を立とうとしたことろで、自分の腕に縋りつくフェリシー。

「ま、待って、一人にしないでっっお願いっっ」

(この女ぁぁ――――)

 折角の逃げるチャンスを失う。

「寝るほど暇なのだろう?まぁゆっくりしていけ」

 ニマニマ笑うジークを睨みつける。
 心で舌打ちし仕方なく座ろうとしたら、また新たな声を聴く。

「あら、珍しい人物が居るわね」
「これは今日も麗しいな、レティシア」

(次から次へと、今日は厄日かしら)

 今度はレティシアが登場だ。

「そこに居るのは、枢機卿に注意されても寝てらした偽物な上に無能なあなたが連れていらした聖女候補らしい方ですわね」

(え…オーレリーに注意されてたのか…)

「すみません、何度も起こそうと試みたのですが…」

 イザークが申し訳なさそうに耳元で囁く。
 庭に移動したのも気づかぬぐらいに熟睡していたのかと我ながらの寝っぷりに苦笑いを零す。

「あの、リディアは疲れていただけです、無能ではありません!オーレリー様も疲れているので寝かせてあげましょうと仰っていたではありませんか!」

 フェリシーが庇う様に声を上げる。

「田舎娘もここに居たの?どこぞの使用人かと思っていましたわ」
「私の事は何とでも、でも友達のリディアを侮辱しないでくだ――― オズワルド様っ」

 レティシアの後ろから前も碌に見えないほどの沢山の荷物を抱え持つオズワルドが現れる。

(おおっ今日はオズ様も一緒か♪荷物抱えてるオズ様も最高にかわゆしっっ)

 相変わらずのクズ目線でリディアが目を輝かせ見る。
 そんなオズワルドを足元が見えない事をいい事にメイドが足を引っかける。
 見事に荷物が崩れ落ちる。

「何をしているの!全くどんくさいわね、まだしつけが足りない様ね」

 ジークヴァルトを見、ジークヴァルトの前でジーク派のオズワルドに次はどんな罰を与えようかと扇子をにやける口元に宛がうレティシア。

「今のはそこのメイドが足を引っかけてっっ、オズワルド様は悪くありません!」
「フェリシー様っ」

 執事ユーグが止めようとするのを振り切り、フェリシーがオズワルドに駆け寄る。

「ね、ねぇ見たでしょう?今、足元も見えないオズワルド様の足をそこのメイドが…」

 周りを見渡すが、誰も反応を示さない。

「ジークヴァルト殿下!お願いですっ、何とか言ってくださいっっ」
「さぁな、ここからじゃ見えんから何とも…」
「そんなっ…」

 バッとリディアを見る。

「リディアの所からは見えるわよね?今見ていたでしょう?」

 縋るようにリディアを見るフェリシー。

「さぁ」
「!」

 フェリシーの瞳孔が見開く。

「嘘よ!リディアはしっかり見ていたはずよ!」

(あー、本当に厄日だわ…)

 心の中でため息をつく。

「偽聖女のお友達なだけあって、あなたも嘘つきでしたのね」

 扇子から覗かせる目元が笑う。

「さてこのお仕置きはどうしましょう…」
「待って!オズワルド様は悪くない!」
「これはこちらの問題、あなたには関係ない事よ?」
「関係ないことないわ!こんな酷いこと許されることじゃない!」
「あら?あなたのお友達の偽者も同じような事していたじゃありませんこと?」

 フェリシーの脳裏にあの靴を舐めさせた光景が蘇る。

「そ、それは…、あれは私を庇って!」
「では私もメイドを庇ってお仕置きしなくてはいけませんわねぇ」
「何を言っているのっ?そのメイドがオズワルド様をっっ」
「誰も見ていないのに犯人扱いされた私のメイドにあなたはどう償ってくれるのかしら?」
「っ‥‥」

 どうしようとリディアを見るも暢気にお茶を飲んでいる。

「リディア、どうして…」

 リディアは一緒にこっちを見ていた。そしてリディアの場所からはハッキリと見えていたはず。

「ね、本当は見ていたでしょう?どうして本当の事を言ってくれないの?」

 縋るように口にするフェリシー。

「私達友達でしょう?お願い、オズワルド様を助けたいの!」

 泣きそうな声で言い募るフェリシーの前でスッと立ち上がる。

「リディア…」

 解ってくれたんだと表情がパッと明らむ。

「では、そろそろお暇させて頂きますわ」
「!」

 信じられないという様にリディアを見る。

「長く引き留めるわけにもいかんか…、会わせたい奴が居たんだが、仕方ない」
「?」
「しっかり寝ろよ」
「では失礼いたしますわ」

 何事もなかったようにフェリシーの横を通り過ぎようとするところでその足がギュッと掴まれる。

「待って!どうして!」
「リディア様っ、離しなさい」

 イザークがフェリシーを剥がそうとするのを制止する。

「あなたも見たでしょ?殿下は見ていなかったかもしれない、でも絶対あなたは見ていた、どうして何も言ってくれないの?」

 泣き縋るフェリシー。

「こんな、こんな酷い仕打ちを受けているオズワルド様を放っていくの?」
「‥‥」
「魔物と言われるイザークを人として扱って、私も庇ってくれて、リディアは本当は凄く優しい良い人だわ…」

 目を潤わせリディアを見上げる。

「ね、お願い、本当の事を…リディア、私を友達と思ってくれているなら、本当の事を言って!オズワルド様を助けて!」

 フェリシーの腕がぎゅーっとリディアの足に抱き着く。
 静まり返る中、リディアがどういう態度に出るのかと皆が固唾を飲み注目する。
 

「うざい」

「!」

 皆がギョッとしてリディアを見る。
 何を言っているのか解らないという様に、ポカンと見上げるフェリシー。

「ふっ…、ふふふふ、仲間割れですの?」

 レティシアが堪らず可笑しそうに笑う。
 そんなフェリシーを庇う様に執事ユーグが前に出る。

「り、リディア嬢!その言い方は余りにもではないでしょうか、フェリシー様はいつもあなたを思って―――」
「頼んでないわ」
「!」
「酷い…」

 リディアの容赦ない言葉にフェリシーが心底傷ついた表情で見上げる。

「そんな…酷過ぎます…、頼んでないとしても!あなたには人の情というものがないのですか!?」

 フェリシーの執事ユーグが怒りに満ち怒鳴る。

「友達ですのにねぇ…」 
「あれで聖女候補か?」
「自分の身の可愛さに友達を見捨てるとか…流石に酷いな…」
「フェリシー様が可哀そう…」

それを煽るように近くにいたメイドや兵たちがフェリシーに同情の声を上げる。
そんな声など気にもとめず足に縋りつくフェリシーを見下ろす。

「離して下さらない?これでは歩けませんわ」
「どう…して?リディアはほんとは…ほんとは優しい―――」

 涙をぼたぼたと零すフェリシー。
 これほど追い縋る友を蔑ろにするリディアに非難の目が向けられる。

「ね、どう…して?…リディア…」

 更に足に抱き着き涙で地面を濡らしていくフェリシーにため息をつく。

「理由は2つよ」
「!」

 リディアの言葉に顔を上げる。

「1つは、あなたと友達になった覚えが一つもない事」

「!」

 まさかの言葉にその場が凍てつく。

「非情過ぎる… これでも聖女候補か?」
「そ、そんなっっいつも一緒にっっ」
 
 反論しようとしたのを遮るようにリディアは続ける。

「2つ目は」

 フェリシーを見下す。

「自分で責任持てない事に顔を突っ込むお人好し馬鹿は大っ嫌いなの」

 唖然と座り込むフェリシー。
 その手がやっとだらんと落ちる。

「さぁ、行くわよ、イザーク」
「はい」

 皆がポカンとする中、歩き出そうとしたその目の前に大きな膨らみが現れる。

「?!」
「あーっはっはっはっっ、大っ嫌いとはなかなかにいいな!」

 そこには大きな男…に見える筋肉質な女騎士が立っていた。

「これがジーク様が連れて来たリディア嬢か、なかなかにタイプだわ」

 腰をかがめリディアを品定めするように顔を覗き込む。

「あの、あなたは?」
「やっと来たか、待ちわびたぞ」
「すみません、途中、盗賊に襲われてた馬車を助けるのに一暴れしてたので遅れてしまいました」
「そうか…」

 そこでジークヴァルトが腰を上げる。

「今、城下でも魔物の出現率が増えている、そのためこの施設も守備を増やすことになった、そして彼女はここに配属することが決まった」

 ジークヴァルトの紹介された女騎士がピシッと胸に手を当てる。

「今日からこの施設の守護を任された名はキャサドラ、これでもジーク殿下率いる第二軍隊長を任されている、女騎士でもキッチリ仕事は果たすので安心して聖女諸君は身を任せて頂きたい、何なら身も心もいつでも受け付けておりますよ」
「ドラ、一応国の宝なのだからほどほどにな」
「手を出すなと言わないジーク殿下、愛していますよ」
「たわけ、お前の好みは違うだろうが」
「ふふ、ええ」
「!」

 グイッとリディアを抱き寄せる。

「こういった華奢で儚く美しい女性の騎士になるのが私の夢です」
「は?」
「リディア様っ」

 イザークが焦る中、リディアの顔が引きつる。

「あ、そうだ、一つ注意しておくが、こいつ両刀だから皆食われんように気をつけろ」
「「「?!!」」」

 皆が凍り付く。
 レティシアさえも凍り付いていた。

「さぁて、紹介も済んだし、そろそろ帰らんとサディがうるさいな」

 ジークヴァルトが背を向ける。

「では後は頼んだぞ、ドラ」
「はっ」

 敬礼するキャサドラを見ると飄々と立ち去って行った。

「わ、私もこれで失礼しますわ」

 キャサドラに目を付けられては敵わないと言う様に逃げるようにレティシア達も去っていった。

「あ‥‥リディ…」

 リディアもそれに続きその場を後にした。