34話

「次は何?」
「次は歴史にございます」
「そ、じゃ、終わったら起こして」

 リディアはそう言うと本を見るように俯く。
 聖女になるつもりが更々ないリディアにとっては歴史は全く持って興味のない授業だった。
 それに本の内容は手に触れれば全て脳内に入ってくる。また魔法の訓練だけでなく足繁く通う王宮図書で歴史本も幾つか頭に入れている。そのため寝ても問題ない授業なのだ。
 連日の特訓で疲れ果てているリディアは早速寝始める。
 イザークがカモフラージュするように軽く本を立てる。

「では、歴史の授業を始めようと思いますが、その前に…殿下」

 ガラッと開いたドアから姿を見せたジークヴァルトとその後に続くサディアスに皆がピシッと背筋を伸ばし固まる。

「この後の魔法授業まで殿下が視察にお越し下さってます、殿下、挨拶を…」

 オーレリーに頷くとジークヴァルトが教壇に立つと挨拶を述べる。
 そして挨拶を述べ終えると、つかつかとジークヴァルトの足がリディアの元へと向かう。

「リディア様っリディア様っっ」

 軽く起こすように背を揺するイザーク。
 
「むにゃ…ん…にゃに?」
「ほぉおお、この俺様の前でまたも居眠りか?」

 イザークに起こされるよりも先にジークヴァルトがリディア目の前に立ち顔を覗き込む。

「!」

 そこでやっと覚醒するリディアに追い打ちをかけるように背後から声が掛かる。

「まさか、ジーク様の大切なお話を聞いていらっしゃらなかったとか?」
(ゲッ、サディアスまで居るの?!)

 内心でチッと舌打ちをする。

「そんな、まさか…ほーほっほっほ」

 ちらりとイザークを見る。

「魔物執事をよく飼いならしていますね、自分は居眠りで聞き役を任せるなど」
「何の事やら、サディアス様もいらっしゃるとは、そんなにお暇なのですか?」
「聖女育成は我が国の大切な行事の一つです、ちゃんと学ばれているか視察も大事な仕事、そんな大事な授業を寝ている聖女候補があってはなりませんからね」

 そこでサディアスが流し目でリディアを見る。

「まさか、授業だけでなく国王代理のジーク様の前でも寝ているような聖女候補生が居るとは、これは由々しき事態です、聖女候補生であったとしてもやはり罰を考えねばなりませんね」
「眠るなんてとんでも…、俺様殿下とドS軍師の前であり得ませんわ」

 サディアスとの間で火花が散る。

「では、ジーク様は何を話されたか、もちろんしっかりと起きて聞いてらっしゃれば解りますよね?」
「ぅっ」

 イザークを見ようとしたところで、サディアスが割って入る。

(くぅ、このドSめっ)

 周りを見渡すと、ジークが楽しそうにニヤニヤ見ている。
 そして皆が遠巻きに注目していた。
 そんな聖女候補生達の机を見る。そして、その先の黒板を見る。

(ふっ、なるほど)

「何を笑っているのです?」
「話も何も、挨拶をなさっただけなのに大切なお話などというサディアス様のジーク様崇拝ぶりに笑って…ほほえましくなってしまったのでつい…」
「!」

 サディアスの表情が変わる。
 何も書いていない黒板、まだ教科書も開いていないのもちらほら。
 という事は、まだ始まって間もない状況。そこから推測すれば簡単な事とリディアは得意気にサディアスを見る。

「サディの負けだな」

 可笑しそうに笑うジークヴァルトはオーレリーに振り返る。

「授業の邪魔をして悪かったな、続けてくれ」

 そういうと、リディアの後ろの席にドカッと座った。

(くぅ、これではせっかくの居眠りタイムが台無しだわっ)

 仕方なく歴史の授業を受けるが、途中眠くて頭がコクリコリ動く。

「あひっっ」

 急にチリと腕が火傷するような痛みに襲われ思わず声を上げる。

「リディア嬢、何か質問でも?」
「いえ、別に…すみません」

 背後でくっくっくっと声を抑え笑うジークヴァルトにわなわなと体を震わせた。

 教室内に歓声が沸き起こる。

「流石、殿下、お見事です」

 オーレリーの言葉と共に拍手が今度は沸き起こる。
 視察に来ていたジークヴァルトが火魔法の実演をオーレリーに頼まれ、見事な実演をして見せたのだ。

「この様に、それぞれに持つ属性の力を使いこなす事が出来れば、人間に危害を加えず魔物のみを退けることも可能となります」

 そう言うと用意されていた水槽の前に立つ。

「聖女候補生は白属性の方が殆どですが、時と場合により他の属性以外も必要になる事があります、自分の属性以外は力は弱く全く出ない場合もあります、それは大概、法則の逆に位置する属性、火なら水、水なら風、風なら土、土なら火というように、相反する属性は力が極端に弱いか出ないことも間々あります、聖女候補生は白ですので、黒以外のすべての属性はそれなりに使えるようにすることが出来るはずです、今回はその中で水魔法を使いこなせるように練習をしましょう」

 すると水槽に手を翳す。

「まず、見本を見せます、自分の属性以外は魔術を使います、術式は前の授業で教えましたね、では呪文を唱え魔法陣を描きます」

 オーレリーの手の上に小さな陣が出来る。

「これで水をまず出します」

 手の上に小さな水の玉が浮かぶ。

「これを流れに沿い自分の魔力も使って動かします」

 水の玉が流れるように線状になり円を描きながら水槽の底にある箱へと突き進む。

「最後は力を込めて一気に」

 その水が箱に突き刺さる。
 すると箱が割れ中から魔法石が現れる。

「まぁ、これは上級魔法石ではありませんかっ」

 皆が出てきた魔法石に驚く。
 なかなか手に入らないとされている上級クラスの魔法石だ。

「これはご褒美の品です、この箱を割って魔法石をぜひ手に入れてください」

 その言葉に俄然やる気が出る聖女候補生達。

「では、まずはレティシア様」
「はい」

 レティシアが難なく魔法陣を作り簡単に箱を突き破り魔法石を手に入れる。

「流石、レティシア様!」
「素晴らしいですわ」

 皆が褒めたたえる中、一人背に汗をダラダラ流す女が一人いた。
 そうリディアだ。

(ど、ど、どうしましょう…まずいわ…)

 イザークが心配そうにリディアを見る。
 毎日イザークに付き合って貰って特訓するも陣すら描けない有様だ。
 陣が描けないとなると魔力がないと言われかねない。
 そうなると聖女失格になる可能性もある。

(いや、それはそれでいいのかしら?)

 聖女にならずして外に出れるのは儲けものだ。
 自分の徴に手を当てる。
 徴が出たものは強制参加で退去はできないはず。
 魔力がない場合どうなるのだろうか?
 次々と箱は壊せないが水を出していく聖女候補達。
 その中で誇らしげに魔法石を手に持つレティシアが目に入る。

(やっぱりまずいわね…)

 ジーク派だと思われている自分が魔力がないかもしれないとなるとレティシアが黙っていないだろう。
 この施設から出れたとしても、今度は牢獄かもしれない。
 下手したら偽物だと決定づけられて処刑なんてことになったらたまったもんじゃない。

「次、リディア嬢」

(どうしましょう、どうやって誤魔化せば…)

「リディア嬢?」
「は、はい」

 自分の名が呼ばれていることにハッと気づき返事をする。
 目の前に用意された水槽。

「どうかしましたか?」

 何もできず突っ立つリディアにオーレリーが首を傾げる。

「あら?まさか魔法が使えないの?」
「!」

 レティシアの言葉にギクッとする。
 ざわつく教室内。

「術式は覚えていますか?」
「は、はい」

 オーレリーが優しく即す。
 それに返事したものの内心心臓バクバク状態だ。

「では手を翳してください」
「‥‥はい」

 おずおずと手を翳す。

「術を唱え陣を描いて」
「ぅっ‥‥」

 ここで術を唱えてしまうと陣が描けないのがバレてしまう。

「どうしました?」
「あなた、もしかして魔力がないの?」

(やばい!気づかれた?!)

 一番恐れていたレティシアに気づかれたと焦る。

「今日は、その‥調子が悪くて…」
「調子悪くとも陣ぐらいは描けるでしょう?」
「それは…」

(どうすれば…)

 絶体絶命のピンチに硬直するその手が大きな手で包まれる。

「殿下!」
「ジークヴァルト…何のおつもりかしら?」

 リディアの背後に大きな背が立つ。

「俺が連れて来た聖女候補が緊張に呪文も唱えられない様では困るだろう?こうして手を添えてやれば緊張も解れるだろう」

 余計に緊張するだろう!という会場のそう突っ込みを他所に、ジークヴァルトはオーレリーを見る。

「そうですね、殿下が連れて来られた聖女候補です、殿下が傍に居れば安心するでしょう」
「えーっずるいですわ」

 オーレリーの言葉に他の聖女候補生達が不満の声を上げる。

「レティシア様、言ってやってください、こんなの許せませんわ」
「殿下の力を借りるなんてズルとしか思えません」

 皆がレティシアを見る。するとレティシアが扇子を広げ口元に充てる。

「そうですわね…、ですが、こうして疑惑が上がり敵意を向けられる中、緊張するなというのも無理な話、今回は特別に許して差し上げますわ」
「なんてお優しい!」
「レティシア様、素敵ですわ」

 皆がレティシアを称賛する。

(ほっ、これは一つ貸が出来てしまったけれど、何とかなりそうだわ)

 胸を撫で下ろし自分の前の水槽を見る。

(ジークの力であの箱を割ってもらって魔法石GETですわね―――ん?)

 そこで何か違和感を感じる。
 自分の手に重なる大きな手。
 そして目の前の大きな水槽とその底にある箱。

(これってどこかで見たような‥‥)