69話

 人だかりで溢れる景色をボーっと眺める。
 前聖女の式典が終わり帰り路の馬車に揺られ乗る。

(結局、何も見つけられなかったわ…)

 あの後リオに頼んでサディアスと会った部屋に行き、何かないか探ったが一つも手掛かりが掴めなかった。

「顔をあまり窓に近づけないでください」

 心配に眉を寄せイザークが注意する。

「イザークもそんなに気を張らなくて大丈夫よ」

 オーレリーに式典後、執事たちが呼び集められたのは、凶悪犯が今、城下の街で潜伏しているという情報が入ったためだった。この男は殺人だけでなく強盗や薬、人身売買など様々な悪事を働いているという質の悪い犯罪者だ。賊も同じようなモノだが問題は賊は解りやすいから捕まえやすいが、この犯罪者は姿は普通で個人で行動しているため捕まえるのに苦労しているとか。
 まぁそんなわけで、このまま国王弟の屋敷に泊まった方がいいかもしれないともなったが、遠方からの位の高い貴族達も沢山来賓され泊りが多く、また式典は今日だけでなく明日以降も続く。
 後から来る遠方の来客が後を絶たない中、聖女候補達が留まり続けるわけにもいかない。
 不幸中の幸いか凶悪犯は単独だという事、だとすれば国王代理や聖女達の行列に襲ってくるとは考えづらい。
 ここから城まではお隣だけにそう遠くもないため、日が高いうちに帰れば問題はないと判断し帰路につくことになった。

「ジーク派アナベル派の近衛兵まで居るし、ここは敵国でも国境付近でもないし、この陣を襲い掛かるのは相当な馬鹿としか思えないわ、それに凶悪犯も単独だと解ってるのだから一人で襲うなんて自殺行為もしないでしょう」
「油断こそ危険です」

 気を張るイザークにはぁっとため息つくと同時に馬車の揺れが止まった。

「何事です!」

 リディアを守る様に抱きしめると外の者に叫ぶ。

「それが、橋に観客の船が突風に煽られぶつかり、橋が破損したそうです」
「なっ」

 ジークヴァルトに聖女候補生達の豪華メンバーの行進だ。
 皆一目見ようと沢山の人々が行進の周りに溢れかえっていた。
 それで川からも見ようと護衛の目をかいくぐり船を出したものが居たらしい。
 その船が橋にぶつかり破損。

「マジ…?」
「修復にはどれ位掛かる?」
「それが、かなりひどいようです」
「迂回は?」
「無理です、この近くで橋はここ以外にありません、違う橋に行くには、引き返しかなり迂回しないといけません」
「どれぐらい取り残されている?」
「うーん…、見た所、二つ前の馬車が今何とか向こう岸に引き上げられたようです」
「ということは、この前の馬車とこの馬車のみ…」

 リディアの乗る馬車は位順になっているため最後尾だ。
 そしてリディアの前と言えばフェリシーの馬車だ。

「参りましたね…」

 見ていた観客もざわつき始める。
 するとトントンとドアをノックする音がした。

「ジークヴァルト様より伝言です」

 その言葉にイザークが窓から顔を出す。

「修復は明日の朝まで掛かるだろう、それまで近くの宿を用意する、そこに今日は泊まるようにとのことです」
「っ…、船で渡ることは?」
「先ほどの突風の事もあり、今日は天候が不安定なため船は危険と判断しました」
「仕方ありませんね…」
「それと、後で護衛を送ると、それまで聖女候補様をしっかりお守りするようにとのことです」
「他には?」
「泊まる宿が決まりましたら、また報告に来ます、それまでお待ちください」

 そのまま伝達兵が去っていく。

「イザーク、苦しい」
「すみません、つい」

 ギュッとリディアを抱きしめるイザークの手が緩む。

「心配し過ぎよ」
「心配します」

 真っすぐに見つめてくる紅い瞳にやれやれと苦笑いを零す。

「あなたもいて、リオも居るだろうし」
「もちろんだよ!」

 ドアの窓から逆さに顔を覗かせる。

「お前、調子乗り過ぎ、離れなよ」
「あなたは外をお願いします」
「お前が外見張れば?」
「リオ、外をお願い」
「姉さまっっ」
「お、ね、が、い」

 しゅんとしてリオがまた姿を消す。

「ジークが送る衛兵なら余計に安心だし、大丈夫よ」
「それでも、私の傍から離れないとお誓い下さい」

 真剣に見つめる紅い瞳に観念するようにはぁっとため息をつく。

「解ったわ、好きになさい」
「ありがとうございます」

 完全に人形状態でイザークの腕の中に抱きかかえられる。

(イザークがここまで心配性とはね…これだけの黒魔法の使い手なのに…あ…)

 黒魔法は人前で見せてはいけない魔法だったことを思い出す。

(なるほど、大っぴらに守れないから心配なのね)

 納得すると、力を抜きイザークに身を任せる。

(とはいえ、凶悪犯だろうが何だろうがイザークとリオに勝てっこないし問題ないわね)

 ふわぁっと欠伸をすると、今日は朝早くから準備や何だと忙しかった。
 急にぽっかり空いた時間に人の腕の中というのは心地が良い。
 強い睡魔が襲う。

「宿についたら起こして…」
「畏まりました」

 あっさり眠りにつくリディアの頭部に口付ける。
 その口付けた口元がニヤと引き上がる。

「私に身を任せゆっくりとお休みください…マイレディ」

 目を覚ました時には外は真っ暗。

「目が覚められましたか?」
「今何時?」
「夜中の1時にございます」
「あー、また寝てしまったのね」
「はい」

 起こされても起きなかったパターンかと我ながらよく眠るなと一つ息を吐く。

「何か食べられますか?」
「そうね、先に飲み物が――――」

カサッ――――

 不意に窓の外で音を聞く。

「ここで、見てきます」

 リディアを制し、イザークが窓に近寄りそっと外を見る。

「!」

 外を見たイザークの表情が固まる。

「どうしたの?」
「それが…」

 イザークがどうしたものかと困った表情をする。

「その、フェリシー様が…」
「へ?」

 リディアも窓に駆け寄る。
 そこにはフェリシーと見知らぬ男が立っていた。

「お願い!リディア見逃して!」

 人を呼ばれては困るという様に焦り拝むように手を合わせるフェリシー。

「で、その男は何?」
「たまたま私の部屋に隠れてて…この人は、とても可哀そうな人なの!」
「‥‥可哀そうねぇ、で?」
「この匂いは…血?」
「なるほど、凶悪犯、ね」
「!」

 イザークの言葉に答えを導き出す。
 こういう鉢合わせは凶悪犯が十八番だ。
 フェリシーの反応から見てもビンゴだ。

「違うの!この人は本当はそんなことやりたくはなかったの!話を聞いて!」
「この方は悪くない、俺がすべて悪いんだ、彼女を許してやってくれないか」
「なぜ、彼女が許す許さないの話になるの?」
「本当に彼女は悪くないんだ!俺の話を聞いてくれて助けようとしてくれただけなんだ」
「だから論点を――」
「リディア、聞いて、この人は戦が起こった時にミクトランからこのアグダスに逃れてきたの!だからそれでその難民を登録しようとしたのだけど肌の色がこの色のために許可が下りず、お金もない住むところもなくて路頭に迷って仕方なく犯罪を犯すしかなかったの!可哀そうな人なの!!」

 うるうると涙を浮かべるフェリシー。

「これは戦が起こした悲劇よ」
「はぁ…戦って、また論点が――」
「だが、彼女に会って見方が変わったよ、俺はこの国が憎かった、憎かったからこの国の者に何をやってもいいと思った、復讐心もあった、でも、この国には彼女の様に解ってくれる女性が居るなんて知らなかった、だから俺は…俺はもう一度やり直したいんだ、心を改め生きていきたい」
「もう大丈夫よ、私が力になるわ」
「フェリシー様…」
「リディア、お願い、争いは憎しみしか生まないわ、憎しみに力で解決しても意味はないと思うの、そう言う者にこそ手を差し伸べ話を聞いてあげたいの、争いは力で返せば憎しみしか生まない、憎しみは憎しみしか生まないもの」

 涙ながらに訴えリディアを見つめる。

「お願い、見逃して」
「リオ」

 スッとリオが現れ男が驚く。

「うわっどこから?!」

 焦りキョロキョロ辺りを見渡し男が慌ててフェリシーの後ろに下がる。

「リディア!!待って!」
「もう話は聞いたでしょ?」
「殺っちゃっていいの?姉さま」
「んー証拠や検証はまだかしら?」
「大丈夫でございます、サディアス様が既に全て把握しております、なので彼に出ているのは殺処分」
「そ、なら、――― 殺っちまいな!」

(くーっ 一度言ってみたかったのよね♪)

「ダメっっ!!」
「っ」

 男に抱きつき男を守るフェリシー。

「彼を殺すなら私も死ぬわ!そうしたらあなたは聖女候補殺しとなってリディアも処分されるわよっ」

 リオの動きが止まる。
 それを確認するとフェリシーがキッとリディアを睨みつけた。

「あなたはそういう人だったわね、私が助けを求めた時も手を差し伸べてくれなかった」

 昔オズワルドがレティシアに悪者扱いされた時の事を思い出す。
 リディアの足に縋り泣くフェリシーにリディアは手を差し伸べなかった。

「友達だと…本当は優しい人と思っていたのに、信じていたのに‥‥」

 涙をポロポロと流す。

「イザークが魔物だってことも私を騙して…」
「私はいつ魔物でないと言った?あなたもこの魔物の紅い眼を宝石みたいと言ってたじゃない」
「魔物だって知らなかったんだもの!リディアは人を騙して何とも思わないの?!」
「だから騙してないし、今そういう話ではないでしょ、また論点がずれ―――」
「リディアは心を痛めないの?!困っている人を見て何とも思わないの?それでも人なの?」
「はぁ~…、少なくとも、この犯罪者には思わないわね」
「!」

 またキッとリディアを睨む。

「見つかればこの人死ぬのよ?殺されるのよ?それでも平気なの?」
「聞かなかった?私は今リオを使ってこの男を殺そうとしているのだけど」
「人でなし!」
「何とでもどうぞ」

 怒りにふるふるとフェリシーの体が震える。
 そんな場にこの騒ぎに気付いたのか兵達が集まってくる声と足音が聞こえる。
 フェリシーの後ろの男が焦るように見渡す。

「そろそろ、潮時ね、さっさと諦めなさい」
「いやよ!」

 男を庇う様に前に立つ。

「フェリシー様?!何をっ」

 集まって来た衛兵がフェリシーの犯罪者を庇う姿に驚き足を止める。
 
「この者は犯罪を犯したくてしたわけじゃないのっ、全てが戦のせい、彼を捕まえないで!」
「ですが…」

 衛兵が困ったように口どもる。

「戦が人種差別がこうした悲劇を起こしたの、可哀そうな人にこうして手を差し伸べるのは悪い事ですか!」
「お気持ちは解りますが彼は凶悪犯です、どうかフェリシー様そこをお離れ下さい」
「私が離れれば、彼は掴まり殺されるのでしょう?」
「それは…」
「戦で逃げてきたのに、難民申請も人種差別で受け取れない、国にも帰れない、そんな彼が犯罪犯さずしてどうやって生きていけるのです!」
「‥‥」
「それを犯罪者と言うだけで言葉も聞かず殺される、そんな理不尽許されるはずがない!」
「フェリシー様‥‥」

「どの命であっても、人の命はとても重く何よりも尊いの!」

 その場に居た者達が息を飲みフェリシーを見る。
 その手にしていた武器がだらんと下がる。

「そこをどきなさい!」

 兵達がゆっくりと道を開ける。

「行きましょう」
「お、おう」

 フェリシーが男の手を取り歩き出す。

「リオ」

 そんな二人の前にリオが立ちふさがる。

「リディア、貴方は人の命の尊さが解らないの?」

 リディアを振り返り睨み見る。

「解ってないのはあなたよ」

 窓枠に腰掛ける。

「人の命は尊い?重い?だから犯罪者も許す?ふざけないで」
「あなたには解らないわ!人の思いに寄り添う事も出来ないあなたには!」
「そんなただの不法移民で凶悪犯に寄り添いたくもないわ」
「違う!」
「違わない」

 今度はリディアがフェリシーを睨み見る。
 その鋭い瞳にフェリシーが思わず口を閉じる。

「大体ね、人の命が~という前提だと、どんな理不尽な要求にもこたえなくてはいけなくなるという事、この意味解る?」

 幾人かの兵とイザークやリオがハッとしてリディアを見る。
 そんなリディアを諭すようにフェリシーが口を開く。

「そうじゃないでしょ?気持ちを寄り添えば人は解り合える、犯罪者も人なのよ、可哀そうな人なの」
「もう解り合える時期は過ぎてると思うけど?」
「リディア、皆無垢な赤ちゃんから生まれて大きくなってきたの、本当の悪い人なんて一人もいないわ!争いは争いしか生まない、手を差し伸べ気持ちに応えてこそ相手も心を開き、話し合いで解り合えるようになる、そうすれば争いも起こらない、悲しい犯罪者も生まれない、それもせずに殺すなんて人の命を何だと思っているの!憎しみを生むだけだわ!」
「綺麗ごとね、見事なほどよくあるモラルだわ、あなたそれを自分で本当に考えた?それを自分でちゃんと調べた?」
「ちゃんと考えたし、ちゃんと知っているわ!それを綺麗ごとって、正しい事を言って何が悪いの!」
「正しい?傲慢ね」
「傲慢なのはあなたでしょ?」
「モラルが自分の考えが全て正しいと他人に押し付けている時点で傲慢よ」
「なら皆に聞いてみるといいわ!私の方が正しいと言ってくれるはずよ!貴方にモラルがなさ過ぎることの方が問題よ」
「今の話はそこじゃないでしょ?正義感の権力振るう前に、彼が何したかモラルより現実を見て」
「彼は仕方なく犯罪を犯したのよ、彼を助け、制度を見直す事を殿下に相談すれば、きっと彼のような人をたくさん救える筈よ!」
「ねぇ、フェリシー、嘘をつくのは悪いというモラルがあるなら、嘘つくことが悪くないというモラルがある、嘘をつかないと生死に関わる国や環境ならどうなる?正しいはどっち?」
「嘘つくのは悪いに決まっているじゃない!」
「それを傲慢だと思わない?自分の常識だけを押し付けていると、自分の常識以外は非常識のレッテルを貼るのっておかしいと思わない?」
「正しい事を正しいと言って何が悪いの!あなたならその嘘をつく人を放っておくのでしょう?それか切り捨てるのでしょう、どうせ」
「そうね、環境や状況によって正しい選択は違う、嘘が必要ならば認めるわ、認められない人物ならば切り捨てるわね」
「ほおら思った通り、絶対あなたなら何かしてあげるとかしないと思ったわ、私ならその人をちゃんと救ってあげるわ!あなたは最低よ、リディア」
「人の正義は人それぞれ、まだ解らない?無自覚に善意によって他者を差別し傷つけていることを」
「傷つけているのはあなたでしょ!現に私は貴方によって傷つけられた!こんなにあなたの味方になって優しくしてあげたのに、人の優しさに付け込んで傷つけたのはリディア!あなただわ!」
「はぁ~、また論点が… あえて答えるなら、頼んでないわ‥‥」
「ひどいっ!」
「フェリシー、その正義は本当に正しいか、疑ったことはある?」
「正義を疑う?正義のどこを疑う必要があると言うの!」
「大有りよ、それに人の常識、正義もそれぞれなの、価値も常識も人それぞれ、私とあなたが違う様に、そしてあなたとその男も違う、さっき言った嘘つく事が悪くないというモラルが彼にあったら?と、考えてみて」
「そんなモラルあるはずないでしょ!もし彼が嘘をついていたとしてもそれには事情があるはずよ」
「自分に都合のいい事情ならあるでしょうね」
「リディアだからそう思うだけよ!友達を裏切っても平気なあなただから!」
「だから論点が―――」
「初めから悪い人なんていないの、最初から悪い人と決めつけて、更生のチャンスも与えない、話も聞かないで殺すなんて酷すぎるでしょ?道を間違えていたなら直してあげればいいだけ、大体、リディア、困った人を助ける事の正義を疑えとかあなたどうかしているわ、ましてや人の命が掛かっているのよ?人の命は何よりも大切で尊いものよ、軽々しく殺していい人なんて一人もいない!ね、解るでしょ?」

 頭を横に振るリディアにフェリシーはカッと怒りに目を開くも、その表情がスーッと引く。

「…あなたにはもう…何を言っても無駄なようね」
「あなたもね」

 リディアは一つため息をつくと改めてフェリシーを真っすぐ見る。

「最後にもう一度言うわ、その犯罪者を引き渡しなさい」

 その言葉にキッと睨むとフェリシーが男の手を引く。
 そしてリオも睨み上げる。

「この男を殺せば私も死ぬ、貴方の大事なお姉さまも罰を受けさせたくなければそこをどきなさい」
「‥‥」

 リオが困ったようにリディアを見る。
 そんなリオに軽く頭を頷かせる。

「忠告はしたわ、フェリシーここからは貴方の責任よ
「言われなくても、私の責任で彼を守るわ」

 リオが道を開ける。

「フェリシー様っお待ちください」

 兵達が慌てる。

「あなたたちも動かないで、私本気よ?」
「お考え直し下さい!彼の処分については我々も言及しますから‥‥」
「言及しても、サディアス様は彼を殺すわ、なら今しかないの」
「ですがっ」
「兵の皆さま、ごめんなさい」
「フェリシー様!」

 フェリシーが男の手を持って宿舎を飛び出す。

「お待ちください!フェリシー様!」

 男がフェリシーを抱えると馬に飛び乗る。

「待てっっ急いで馬を回せ!!」

 あっという間に兵達がフェリシーを追って飛び出していく。
 静まり返ったその場所で、リディアは窓枠をギュッと握りしめた。